セイントクロスを認めない世界は認めない/高橋さってインタビュー

高橋さって

1966年7月17日( ウルトラマン第1話放映日 )、埼玉県生まれ。古物商、ライター。

幼少期から漫画、アニメ、特撮の世界に親しむ。大学在学中、古本屋でアルバイトを始めて本格的にこの世界にのめりこみ、以後、もと東映プロデューサー・平山亨氏率いる平山組の最末期主力要員として倉庫管理などを任されるまでに至る。のちにイベントで知り合った堤哲哉氏と意気投合、堤氏を代表とする「空想科学古物商 えむぱい屋」を立ち上げ、その実質的運営を担った。

該博な知識をもとに、その品の位置づけを即座に判断。何かを解説する時は他の人が選んだ残りのマイナーな分野を一手に引き受けるなど、すべてに対応しうる能力で群を抜く。この、モノを見分ける力と機動力の高さとで、しばしば陰のお助け人的な役割も果たしてきた。えむぱい屋が、都市開発のため店舗営業を終了した後は、ライター業をメインとし、漫画プロダクションや玩具メーカーにも関与するなど、業界内を深く静かに暗躍中。

 

フィギュア「聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)」は1986年バンダイから発売され、87年度男子玩具最大のヒット商品となった。(ウィキペディア・・・『フィギュア王』95号より)

今年2016年は、漫画『聖闘士星矢』の連載開始からちょうど30年にあたる(『週刊少年ジャンプ』1986年1・2合併号~。発売は前年12月)。6月には『星矢』30周年を記念する展覧会が秋葉原で催された。黄金聖闘士の等身大立像などが展示され、シリーズの後継品セイントクロスマイスEXの魚座アフロディーテ、射手座アイオロスのオリジナルカラーエディションが限定発売された。それを買うため、わたしの知人も長時間並んだ。この2016年12月31日、高橋さってさんと、セイントクロスの物語を始めよう。

聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)

Contents

 1 セイントクロスを買うならえむぱい屋へ行け

 

かつてえむぱい屋は東池袋にあった。今はとりこわされて跡形もない、サンシャイン60の日陰にひしめき合っていた雑居ビルの6階で、店内は天井までおもちゃの箱で埋め尽くされ、昼でも薄暗いジャングルのようだった。

・・・セイントクロスを買いに、フランス人が続々と店に押し寄せたんですよね
わたしは聞きかじった知識でさってさんに尋ねてみた。

「香港からもいっぱい来ましたねえ。なんだかぴかぴかしていて、おめでたいと思ったんでしょうかねえ」と、さってさんはいった。

・・・おお、そういえばペガサスは麒麟に似てる、かも。

「はいはい、フェニックスは鳳凰ですかねえ」

わたしはメッキのセイントクロスが金の亀や鶴と居並ぶおめでたい図をひとしきり空想した。

だがさってさんのメッキ観はまた別のところにあった。そのあと倉庫をひっかきまわしながら、さってさんはわたしにこう言ったのだ。

「メッキは子供のおもちゃには必須ですよねえ」

・・・必須、ですか?

わたしは少し不思議な気がして反問した。

「はいはい、必須です~」

その口調が、ここは譲れないという感じのきっぱりした断定で、それがなんだか心に残った。

 

周知のことでもあろうが、ここで「聖闘士聖衣大系(セイントクロスシリーズ)」という玩具をちょっと説明しておきたい。

車田正美の漫画「聖闘士星矢」で、主人公の星矢を含む聖闘士たちが着用する甲冑は、普段は星座をかたどったオブジェの形状をしているが、分解されると甲冑=聖衣(クロス)と化し、着る者内部の小宇宙(コスモ)を呼び起こして、その者に強大な戦闘力を与える。

「聖闘士聖衣大系」は、登場人物のフィギュアに、オブジェにも甲冑にもなる組み立てパーツを付けた、いわば男の子版着せかえ人形である。

『聖闘士聖衣MYTHOLOGY』(2012  ホビージャパン)

 

当時えむぱい屋には、セイントクロスを求める客が連日詰めかけていた。今からおよそ20年前のことだ。

・・・しかしなんでそんなにクロスのお客さんがえむぱい屋へ来たんでしょう?

それがわたしにはいささか謎だった。

聞くところによれば、フランスには「クロスを買うならえむぱい屋へ行け」と書いたガイドブックすらあったらしい。フランスといえばベルサイユ。フランスといえばルーブル美術館。そのフランス人があの東池袋のジャングルになだれを打つ光景を思い浮かべて、わたしは若干くらっとした。どうしてそこまであの店がこの玩具に関して突出していたのだろうか。

このわたしの疑問に、いともあっさり、さってさんは答えた。

「そりゃ、聖闘士クロスをまともに扱ってるのが、うちだけだったからですよ~」

・・・え?

「こういうこまかいモノだから、よそだといろいろ欠けてる部品とかあったです。そこを完璧に漏らさず揃えているのは、うちくらいのものだったです」

わたしは完全に拍子抜けした。

大人気のセイントクロス、古物商の間ではさぞかし競合が多かったろうと思っていたが、どうも様子が違っている。豊富な需要を目の前にして、ほかの店は一体なにをしていたのだ。

・・・プレミアもつけたんですよね。どのくらいですか?

「新品の天秤座(ライブラ)で1万円くらいですかねえ」

発売時の価格は2千400円。4倍程度の値段は中古業界では珍しくもない。詰めかける客たちにどんどん売れただろう。

最初は売れなかったです

・・・売れなかった?

「はい。5年は売れなかったです。みんなから、そんなもんにプレミアつけるなんてとぼろかす言われたです」

わたしは全然知らなかった。90年代初頭、中古のセイントクロスはまだ値打物ではなかった。時期的に新しすぎてプレミアはつかないとされていた。パーツもこまかく煩瑣で、完璧に揃えるのは見合わない労力だった。

新品のおもちゃ業界は入れ替わりが激しい。さかのぼってコレクターが集めようとしたとき、中古のおもちゃ業界でいち早く徹底してセイントクロスに肩入れしていたのは、さってさんだけだった。雑多に投げ売りされている商品を本気で揃えて高値をつけるさってさんは、当初、周囲から馬鹿と思われていた。

 2 超合金で、フィギュアで、合体ですからねえ

その日、さってさんとわたしは、倉庫の中をひっかきまわしていた。
ここもまたかつてのえむぱい屋を彷彿とさせる、地表に残ったいかれた楽園のひとつである。

「じゃあひとつ、カッコいいところを撮っておきましょうか」とさってさんが言った。

暗黒聖衣 ブラックフェニックスクロス(非売品)

 

確かに子供の玩具としてはパーツがおそろしくこまかい。
これは、1個や2個なくす子供がざらだっただろう。
この「聖闘士聖衣大系」は、何かを組み立てるプラモデル感覚をフィギュアに持ち込んだ点でも画期的だったといわれている。

そういえば、プラモデル界の帝王、血祭大魔神がかつて言っていた。
「プラモデルを組み立てるのが好き。そしてそれをばらすのが好き。もう一度組み立てられるように」

甲冑にもオブジェにも、二通りに組み立てられるセイントクロス。

さってさんも言う。
「なにせ超合金で、フィギュアで、合体ですからねえ見た瞬間これはすごいと思いましたよ

わかります、とわたしは思った。組み立てられるし、ぴかぴか光ってるし。

わかります、・・・さってさん。ひとことだけ言っていいですか?・・・まったく男ってェやつは。

 

 

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