仮面ライダーカード という価値を創る  / 堤哲哉インタビュー 

 

 8 しばし休憩、そして堤さん、原点の1枚を語る

現在、わたしの亭主の持ち歩き用ファイルには、14局46番の偽カードが入っているらしい。おもても裏もカラーコピー。それを実際のライダーカードの両面を剥がした厚紙と貼り合わせてつくった、いかがわしさ満点の代物である。

「オリジナルカードと呼んでね」と亭主。
・・・この馬鹿もんが。
「これをどこかのショップに万置きしてこようかって盛り上がったことがあったなあ」
・・・万引きじゃなくて?
「逆、逆。こっそり店頭に置いてくるの。わかる客は見つけて、びっくりきゃー!ってなるじゃない」
・・・かえすがえすも、馬鹿もんが。

閑話休題。

今からお話しするのは、堤さんがずっと大切にしている一枚の仮面ライダーカードについてである。もちろん珍しいけれど、歴史を作った14局46番とは違う、もっとパーソナルな愛着に近い。それは1枚のエラーカードだ。

エラーカードは、主に印刷の間違いで生じる
裏が印字されずに真っ白なもの、裏に別の番号が入ってしまっているもの、おもてに対して裏がさかさまなもの、両面におもてが印刷されているもの。
おもてが写真、うらが真っ白で何も書かれていない。そういう仮面ライダーカードは、単なる印刷ミスでない場合がある。コーティングがないタイプのライダーカードは、印刷を消しゴムで消せてしまうからだ。
堤さんも図らずも作ってしまったことがある。
「明朝のヒトデンジャー、股間に黒い点があって、消えるかなあと思って消しゴムかけたら消えちゃった」
・・・無念。
のちのちコーティングが出てきたのでそんなことはなくなったが、こういうエラーカードは人為的な産物だ。子供が悪意なくやったり、大人が悪意をもってやったり。

だが堤さんの愛着するエラーカードはそれとはまったく別物である。

 

写真と解説が片面に重ねて印刷されていて、もう一方の面は白紙のまま。これは珍しい。このカードのように写真と解説の番号が一致している例はさらにレアだという。絵柄は6人のニセライダーで魅力的。しかもラッキーカードなのだ。

これを堤さんは子供のころからずっと持っていた。

 

堤さんの子供時代・・・

とにかく仮面ライダーカードが好きだった。小5か6のとき、カードが発売された最初のころ、友達と三人くらいでひと箱買った。そこは若干恵まれた子供だったかもしれない。ダンボールひと箱分のスナックをかかえ、どうやって処分しようか困って、そっと線路際に捨てた。いま考えたらもったいない話だ。そのとき雪が降りしきっていたのを覚えている。捨てながら帰ったのをお店の人が見ていて、おふくろに告げ口されたこともある。それで1ヶ月間、出歩いて遊ぶのを禁止された。

当時、おまけのカードだけ取ってスナックを捨てるちびっこが続出し、社会問題になったのは有名な話だ。堤さんはまさにそれを地でゆくちびっこだった。

どうしてこれほどライダーカードに夢中になったのか。堤さんの本『仮面ライダーカード』(1993 日本文芸社)の序文には、その理由にふれた文章が見える。

 もちろん「仮面ライダー」という番組自体が持っていた魅力がひとつ・・そしてもうひとつ、それまでの子供向けの商品に見られなかった、通し番号によるコレクション性も忘れてはいけない。さらには、そのカードの持つ情報性・・・テレビ放映に先行する予告となったことが、子供時代のボクらにとっては大きな魅力だった

・・・集めていく楽しみは、何と言っても、通し番号をキチンと揃えること。ところがこれが難関・・というのも 番組の末期(ゲルショッカーとダブルライダーとの最後の攻防を描いた97~98話)の頃のカードになると、後番組にあたる「仮面ライダーV3」への移行期ということで、スナックも同調して準備を始めたため、発行枚数が少ないまま再販もされなかったのだ

 

また、もうひとつの魅力として堤さんが挙げたのが、「同一番号異種カード(同じ番号にも関わらず、図版 構図 解説文などに変更が加えられているもの)と呼ばれているカード逹」の存在だった。

 

「ハマればハマるほど奥の深い世界へとボクらを誘い込んでいってくれてしまう」と堤さんは書いている。1~546の小さなカードたちには、番組の作り手や放映局や製菓会社、印刷所などのさまざまな立場が交錯して影をおとしていた。
そこには現実のテレビ放映とはまた別の、迷宮のような小世界が出現していた。

 

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