或るコレクターの遍歴~超合金からノベルティグッズまで/ Mr.Hインタビュー

 6 怪獣にもビビッ、ノートにもビビッ~高いものしか買わねえじゃん

お前は面白いよな。あっちやりこっちやり。しかも高いものしか買わねえじゃん。

Hさんのことを人はそう言う。

Hさんは、やるならそのジャンルの中で最高のモノが欲しい。だからいつもそこでの最高峰を狙った。

「でもやってるとわかる。ホントにすごいモノはなかなか出てこない。それに高い」

コレクションは或る程度まで行くと、じっと待たねばならない時期に入る。根っから行動派のHさんは待つということが苦手だった。そうしてる内、だんだん飽きてくる。だがそのときは次のビビビが来ていた。てっぺんをいくつか残しておいて、次のモノを買うため前のモノを手放した。

ビビッはいきなり来る。いきなり「いいな、いいな」が始まって、駄菓子屋の骸骨のキーホルダーなんかがいつのまにか80個ぐらい溜まっている。他の人のコレクションを見て、自分の知らなかった世界に憧れた。 

怪獣にもビビッ。Hさんは2期怪獣ブームの世代だが、第1期ブームの方が新鮮にうつった。ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブン(昭和41年~43年)。第1期の怪獣図鑑を見たりすると、ぞくぞくした。

古いノートにもビビッ。仮面ライダーカードは堤哲哉さんの同人誌を買って、番号の面白さにビビッときたが、諸事情あってこの分野は見送った。

雑誌『フィギュア王』の缶キャラコレクション(6号)を見て、その方面にも激しくビビッ。超合金の復刻「超合金魂」は一時期予約して買っていたが、これはだんだん飽きてきた。洋モノのスパイダーマン、バットマン。コーラ瓶などを集めていた時期もある。

『ぼくら』1967年4月号ふろく

 7 TV「なんでも鑑定団」始まる ~ すべてはモノのために在る  

 80年代末、バブルの季節にデビューをし、水着の姉ちゃんに目もくれずひたすらプラモを探している内、世間は不況といわれる時期になっていた。ちょうどその頃、最初の電動怪獣ペギラを手に入れた。Hさんのデビューからペギラまでの道は、日本経済が大きくふくらんではじけた時期と重なっている。この間、Hさんはすさまじい勢いで店を駆けめぐり、モノを入手する自分の方法を確立した。

 1994年、TV「なんでも鑑定団」が始まった。たかが子供の玩具と思われていた品に意外な高値がつき、昔のおもちゃへの関心は高まっていった。1996年、ミクロマン復刻。97年、超合金魂発売。ショップをまわって掘り出し物を探す人がどっと増え、どんな地方のおもちゃ屋さんでも目がひらけてきた。雑誌などではさかんにおもちゃの利殖的な価値がうたわれた。1996年8月、宇宙船別冊『怪獣・ヒーローお宝鑑定カタログ』(朝日ソノラマ)刊行(1998年に増補改訂版)、1998年1月、血祭摩利監修『究極プラモデル大全』(白夜書房)刊行。ページを埋める数々のオモチャにはひとつひとつ値付けがされている。不況知らずといわれるサブカル業界は、いつしか投機の場所となっていた。              

 Hさんは動き回る。Hさんの動きは世間の流れとちっともシンクロしない。わたしは懸命に時系列を追うが、Hさんのモノへの欲望は連鎖して、無数に枝分かれしながら広がってゆく。同時多発的な大小の噴火のように問題は刻々と発生し、事態はどんどん混沌としてくる。Hさんは人の問題まで引き受ける。東で万博グッズを探していると聞けば万博グッズを買い、西でカードを探していると聞けばカードを買う。もはや何が欲望の対象で何がそうでないのか、はた目からはわからない。

 知人A氏は証言する。

「Hさんはぼくの進化形です。ぼくは一応要るモノしか買いませんが、Hさんは要らないモノも買うのです」

しかし本当のところ要るモノとは何か。そして要らないモノとは何か。なにしろわかる価値が多すぎる。捨てられないモノ、見過ごせないモノがありすぎる。

 肝心なのは、全てはモノのために在るということだ。乏しい懐で欲しいモノを入手するにはどうしたらいいのか。大問題を解決する根気と才覚と行動力でHさんはずば抜けていた。一度ビビッとなるとすさまじい速度でそのジャンルを習得し、コレクターのところへ会いにいった。知識と手間を総ざらいに使ってモノを買い、それらをまわしてビビッを買った。だからHさんの理解する範囲は驚くべき広さに及ぶ。燃えるようなエネルギーで、コレクションを積み上げ、崩し、積み上げ、崩し、新しい山へ向かってころがりながら進んでゆく。

 

 8 『フィギュア王』食玩特集をなめるように見る 

                                                                                                                                      

2004年、雑誌『フィギュア王』65号は食玩特集だった。Hさんはこれを購入してなめるように見た。食玩やおまけの世界はHさんにとって既に大きな問題だった。

Hさんは企業もの・お菓子のおまけの本をたくさん持っている。

別冊太陽 子どもの昭和史 おまけとふろく大図鑑』

オオタ・マサオ『広告キャラクター人形館』(1995年 筑摩文庫)

ザ・おかし』(1996年 扶桑社)

ザ・ジュース大図鑑』(1997年 扶桑社)

入山喜良『おかしな駄菓子やさん』(1998年 京都書院アーツコレクション)

20世紀我楽多図鑑』(1998年 PARCO出版)

グリコのおまけ型録』(2003年 八重洲出版)

 ページをめくって、薬局のカエルやゾウやウサギを見ながら、これも持ってる、これも持ってる、これも、これも、とHさんは指さして言う。ナショナルの「電球くん」20万円で買った。「キングガゼラ」をクワントで25万で買った。シスコがまた大問題。鬼太郎はあるし、ウルトラマンはあるし。300点で貰える鬼太郎箱、前期型と後期型を2体。コント55号の人形も。ひとつハマると何十種類と買うようになる。でんすけが5個揃ったときは嬉しかったな、とHさんは懐かしむ。

 

 

至る所に食玩はあふれる

 

Hさんの身には災難もふんだんに降りかかった。日常の些細なトラブルは災難ではない。高額のニセをつかんだことさえ勘定には入らない。だが、お宝が水没したことが2回ある。家の横の川が氾濫し、原画が被害にあった。「うる星やつら」のラムやしのぶの絵コンテもまるまる1冊分ダメになった。二度目のときはセル画がやられた。まんだらけで20万で買った旧ルパンの不二子のセル画がぐしゃぐしゃになった。

火事にも遭った。

「俺、古い家電にもハマってた時期があるんだよ。そのTVラジオから出火してさあ」

そのぼやでお宝の三分の一くらいが焼けた。持ってる人を拝み倒して50万円で買った妖怪人間ベムの指人形が溶けた。交換で手に入れた店頭用のマジンガーZマシンガンも燃えてパーになった。

盗難の憂き目もみた。弟子といって出入りしていた友人がお宝を盗み出して売っていた。倉庫の壁をぶち抜かれてモノを持ってゆかれたこともある。

破局も経験している。実はHさんは結構モテるのだ。だがこれは災難ではない。「私とおもちゃとどっちを選ぶの?」とド直球を投げた彼女も彼女だったし、「おもちゃ」と即答したHさんもHさんだった。

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