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7 サインを求めてまっすぐに
よく目の前に選手を見て、サインくださいのひとことが言えない。頭が真っ白になって、何も言えない、という話を聞く。
・・・佐々木さんはそんなことはないですか?
「ないですねえ」と佐々木さんはあっさり言う。
子供時代からの野球ファンじゃないからだと言う説はあるだろう。だから選手を前にして冷静でいられるんだ、と。
そうかもしれない。だがそれだけでもない。
たとえば佐々木さんはアイドルも好きだが、どれほど自分が応援しているアイドルの前でもあがったりはしない。
「あなたたちは選手を見つけるとすぐスマホをいじって、写真を撮ろうとかするじゃないですか。
ぼくはまっすぐその人を見て、サインちょうだい!って全力で言いますよ」
こう来たらどうしようとか思ってるだけじゃない。
重要なのは、自分が何を求めているかを、はっきりわかっているということだ。
写真?
握手?
自分を覚えてもらうこと?
優しい心の通い合い?
違う。サインだ。
佐々木さんはぶれない。自分の力を結集し、サインを獲ることだけに一心不乱に向かってゆく。
そしてそのあとモノ自体にしがみつく気持ちもない。
集めるまでが好き、手に入れた瞬間がたまらなく好き。
その佐々木さんにも攻略できない選手はいるという。
「2回行ってダメならもう行かないですよ。くれない選手のは要りません」
実をいうと、2008年のジャイアンツ全選手カードに、たったひとりだけ、サインのない選手がいるのだ。・・・阿部慎之助。
・・・だって慎之助のサインいっぱい持ってるじゃないですか、とわたしは言った。
「それはおとなの事情があるんです」
佐々木さんは、そこは教えられねえという顔をした。
「まああれだけの重圧を背負ってキャッチャーをやってたわけですから、サインまで書いてる余裕はないんでしょう」
要らないとぴっしゃり言った割に、佐々木さんは気の優しいことを言う。
・・・じゃ逆に、サインを書くのにこだわってる選手ってのは、いるんですか?
わたしは重ねて訊いた。
「木佐貫ですかね」と佐々木さんは答えた。
木佐貫投手は2003年から2009年巨人に在籍した。その後オリックス、日本ハムと移籍し、2016年からは巨人のスカウトマンになっている。
「あのひとは子どもの頃から自分も野球カード集めてたんで、綺麗に書くんですよ。ファンにも優しい。育成からあがったし」
佐々木さんは言う。
選手たちはシーズン最初の宮崎キャンプのとき、配布用の特別なカードを球団から支給される。木佐貫はそれをファンだけでなく、ちびっこたちに小学校の給食イベントなどでも配った。全部自分でサインを入れ、千何番までナンバリングして。
おっ、とわたしは思った。身近にカードマニアが多いためだろう、なんだか馴染みの匂いがする。こりゃいかにもカード好きのツボを心得ている感じがするぞ。
「自分でもカードが好きなんでしょうね」と佐々木さん。
だから木佐貫のカードは自筆のシリアルナンバー入り。そして大事にスリーブに入れられているという。
(※ちなみに佐々木さんの2008年全選手カードコレクションの中には、もうひとり高橋由伸のカードにもサインが入っていない。これは佐々木さんが友人の由伸ファンにサイン入りを気前よくあげてしまったため)
8 なぜってサインは魂だから
野球カードは、ベースボールマガジン社のものが一般的だが、ほかにキャンプで選手だけが持ってる配布用カードや、イベントで5人に当たる特別のものがあったりする。
サイン獲りはそのカードを揃えるところからスタートする。
質にこだわる佐々木さんは、雨の日だとカードを持ち歩くのもはばかられる。
サインボールにもひとつひとつ袋掛けする。
保存に乾燥剤を入れていいボールと悪いボールがある。
「80年代90年代の投げ入れ用のふにゃふにゃのボール、あれは乾燥剤入れるとダメになるんですよ。UVカットのボールケースがいい」
ご覧あれ。
わたしはこれらのボールを袋から出してくださいと言うにしのびなかった。
サインを書いて貰う用のペンも厳選する。
色紙には水性ペンで貰う。
ボールにはさくらペンタッチ。速乾性で、擦れる心配がない。
ユニホームはマジックインキ。あれは洗濯しても落ちない。マッキーだと薄くなる。
最高のモノが欲しい。
こすれたり、歪んだりしたサインじゃなく、パーフェクトなものが欲しい。
「それは選手だっていろいろ事情はあるでしょう。
でもこちらも、それだけの準備をし、覚悟をして、獲りに行っている」
「なぜって、サインは魂だから」
故 木村拓也
サインは魂だ、と佐々木さんは言う。
カードを、色紙を差し出しながら、「魂を入れてください」と思っている。
新しいユニホームなどに直接サインを書いて貰ったりするのも「ぼくたち、売りませんから。あなたを応援してますよ」・・・そういう気持ち。
「自分が貰ったサインを持ってると、応援も奮い立つでしょう?
それは、そのモノに選手の魂がこもっているからだ」
だからぼくは、基本的にサインは自分で貰いたい。
状態もぴかぴかで欲しい。
その線から魂が光ってくるような。
サインは特別なモノ、奮い立つようなモノだから。
さて、佐々木さんがサインを貰う現場に戻ろう。
トラブルは日常茶飯事、予定通りになど進まない。
いきがる奴、割り込む奴、暴動寸前も何度もある。警備員はいない。選手は完全プライベート。
その中での一瞬の接触。
声をかけ、カードとペンを差し出す。
( あなたの魂を入れてください )
佐々木さんは言う。
「サインをもらう瞬間、在るのは生身の選手と自分だけ」
存在するのは、それだけ。
<了> (2017年6月)
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