堤哲哉 / 仮面ライダーカード 5

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現在、わたしの亭主の持ち歩き用ファイルには、14局46番の偽カードが入っているらしい。おもても裏もカラーコピー。それを実際のライダーカードの両面を剥がした厚紙と貼り合わせてつくった、いかがわしさ満点の代物である。

「オリジナルカードと呼んでね」と亭主。
・・・この馬鹿もんが。
「これをどこかのショップに万置きしてこようかって盛り上がったことがあったなあ」
・・・万引きじゃなくて?
「逆、逆。こっそり店頭に置いてくるの。わかる客は見つけてびっくりきゃー!ってなるじゃない」
かえすがえすも、馬鹿もんが。

 

閑話休題。
今からお話しするのは、堤さんがずっと大切にしている一枚の仮面ライダーカードについてである。もちろん珍しいけれど、歴史を作った14局46番とは違う、もっとパーソナルな愛着に近い。それは1枚のエラーカードだ。

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エラーカードは、主に印刷の間違いで生じる。
裏が印字されずに真っ白なもの、裏に別の番号が入ってしまっているもの、おもてに対して裏がさかさまなもの、両面におもてが印刷されているもの。
おもてが写真、うらが真っ白で何も書かれていない。そういう仮面ライダーカードは、単なる印刷ミスでない場合がある。コーティングがないタイプのライダーカードは、印刷を消しゴムで消せてしまうからだ。
堤さんも図らずも作ってしまったことがある。
「明朝のヒトデンジャー、股間に黒い点があって、消えるかなあと思って消しゴムかけたら消えちゃった」
・・・無念。
のちのちコーティングが出てきたのでそんなことはなくなったが、こういうエラーカードは人為的な産物だ。子供が悪意なくやったり、大人が悪意をもってやったり。

だが堤さんの愛着するエラーカードはそれとはまったく別物である。

 

 

 

写真と解説が片面に重ねて印刷されていて、もう一方の面は白紙のまま。これは珍しい。このカードのように写真と解説の番号が一致している例はさらにレアだという。絵柄は6人のニセライダーで魅力的。しかもラッキーカードなのだ。

これを堤さんは子供のころからずっと持っていた。

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堤さんの子供時代・・・

 

とにかく仮面ライダーカードが好きだった。

 

小5か6のとき、カードが発売された最初のころ、友達と三人くらいでひと箱買った。そこは若干恵まれた子供だったかもしれない。ダンボールひと箱分のスナックをかかえ、どうやって処分しようか困って、そっと線路際に捨てた。いま考えたらもったいない話だ。そのとき雪が降りしきっていたのを覚えている。
捨てながら帰ったのをお店の人が見ていて、おふくろに告げ口されたこともある。それで1ヶ月間、出歩いて遊ぶのを禁止された。

 

当時、おまけのカードだけ取ってスナックを捨てるちびっこが続出し、社会問題になったのは有名な話だ。堤さんはまさにそれを地でゆくちびっこだった。

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どうしてこれほどライダーカードに夢中になったのか。堤さんの本『仮面ライダーカード』(1993 日本文芸社)の序文には、その理由にふれた文章が見える。

 

< もちろん「仮面ライダー」という番組自体が持っていた魅力がひとつ・・そしてもうひとつ、それまでの子供向けの商品に見られなかった、通し番号によるコレクション性も忘れてはいけない。さらには、そのカードの持つ情報性・・・テレビ放映に先行する予告となったことが、子供時代のボクらにとっては大きな魅力だった>
<・・・集めていく楽しみは、何と言っても、通し番号をキチンと揃えること。ところがこれが難関・・というのも 番組の末期(ゲルショッカーとダブルライダーとの最後の攻防を描いた97~98話)の頃のカードになると、後番組にあたる「仮面ライダーV3」への移行期ということで、スナックも同調して準備を始めたため、発行枚数が少ないまま再販もされなかったのだ>

 

また、もうひとつの魅力として堤さんが挙げたのが、<同一番号異種カード(同じ番号にも関わらず、図版 構図 解説文などに変更が加えられているもの)と呼ばれているカード逹>の存在だった。

 

<ハマればハマるほど奥の深い世界へとボクらを誘い込んでいってくれてしまう>と堤さんは書いている。1~546の小さなカードたちには、番組の作り手や放映局や製菓会社、印刷所などのさまざまな立場が交錯して影をおとしていた。
そこには現実のテレビ放映とはまた別の、迷宮のような小世界が出現していた。

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カードだけ取って仮面ライダースナックを捨てる子が続出し、世間が騒ぎ出した。製造元のカルビーは、新種のカードを投入するのを二、三ヶ月間手控えた。
14局と25局の初版が終わって106番が始まる手前の出来事である。その間、1~105番までのカードが繰り返し出続けた。
そのとき堤さんは小学校6年生。
とっくに105までなど集め切っていた。
新種が出ない苦難の数ヶ月、堤さんはひたすら買い続け、その差異をじっと観察した。

ようやく新種投入が再開され、再び仮面ライダーカード市場が加熱した数ヶ月後、やはり小6の堤さんが500番台を求めて買った中に、あのエラーカードが入っていた。

 

あの時期、自分が小学校6年生だったというのは、おそらく運命的なことであったと、いま堤さんは思う。
ライダーカードにハマった子供としては年かさだった。集めるだけで精一杯の幼さは無い。
加えて個人の資質もあった。現象の奥を突き詰めずにいられない習性が備わっていた。

 

14局、25局、明朝、ゴシック。
体系化への道はすべて、既に小学生の堤さんの内側に在った。そしてまた、エラーカードへの関心も醸成されていた。
たくさん買う子なら、誰もがエラーカードに遭遇した可能性はあっただろう。そしてたいていは、変なカードを引いたとがっかりして捨ててしまっただろう。

 

だが子供時代の堤さんはずっと大切に持っていた。
昆虫学者のように、規矩から外れた不可思議さを異種と直感し、特別なものとして大事にし続けた。
これは堤さんの原点の1枚である。