漫画復刻の王国 アップルBOXクリエート/ たかはしちこ(3)

 

ひとりの同人誌作家だった高橋さんの転機は、オフセット印刷の到来とともにやってきた。
同人誌の形態は、初期の肉筆回覧誌からコピー本へ、そして印刷所に発注するオフセット印刷本に変化した。自分たちの同人誌が手製のコピー本ではなくオフセット印刷のものになったとき、高橋さんはその内容のレベルが気になり始めたという。オフセットは、それまでとは格段に見栄えが良く、製作費用も段違いにかかった。

「でも原稿にレベルのばらつきがあるわけですよ。みんなで会費を出して作っているのなら、レベルの低い原稿も載せなくちゃならない。わざわざ印刷所で作って、お金を出して買ってもらって、これでいいんだろうかと思うようになった。それで自分一人でつくるようになったんです」

オフセット印刷の普及で、それまで一作家だった高橋さんを悩ませたのは、自分自身の内部にある一冊全体を俯瞰する目だった。形態の美しさに無関心でいられず、それを手にとる読者を内容でがっかりさせたくないという思いだった。
生来の編集者気質といえるのだろう。作品を見分ける目があり、形が内容を要求すると感じる意識があった。

こうして責任編集を始めた高橋さんは、同人誌界の横のつながりの中、自分の鑑識眼に合った作者を選び取り、一冊を構成することの面白さに目覚めた。
「自分で編集すれば、自分がこの人はうまいと思った人のものを、グループを越えて引っ張ってこられる。しかもわたしは描き手ですから、その人たちに作品でお返しをすることもできるんです」

自分がこれはと思うものを。そして読者が面白いと思うものを。
そうして既に述べたように、読者の求めに応ずるかたちで、復刻というものがそこに入ってきた。当初それは、ページを埋める選択肢に古い作品を入れることでしかなかったようにみえる。だが長年の間、おそらく製作の困難に直面すればするほど、同人誌と復刻というふたつの事柄は、高橋さんにとって車の両輪のようなものになってきた。

(高橋さん発行の最初の同人誌『あっぷる!ぷるる』)

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「商業誌をつくりたいとは思いません」と高橋さんは断言する。

「出版社が復刻をやる時もあるんです。何作か出す。でも続かない。企業だとどうしても採算を考えなくちゃならないから」
勢いよく復刻を始め、企画を維持しきれなくなった例を高橋さんはいくつも見てきた。
「あれ、このごろ出ないな、と思うと、消えている」

かたや商業的にどんどん復刻を出しているところもある。だがそれは主に、確実に購買数を見込める作品だ。

アップルboxクリエートは、名高い作品を復刻することもあったが、他なら絶対に出さないような知る人ぞ知る作品もどんどん復刻してきた。
売れるものだけやればいいじゃないかと言われたこともあったという。だが「売れるものは、商業出版がやればいい」と高橋さんは言う。
「商業誌はかかるお金もけた違いなんですから。こちらは、売れないものでも読みたいひとはいるから捨てられないということでやる。個人でなければできない企画をやっているんです」

だが、個人でなくてはできない企画というのが理解されることは難しい。

「遺族に何年も前からアプローチして、最初は了承してくれていたのに、こちらが具体的な内容を言った途端、イメージとは違うからダメと言われたことがある。また別の遺族から、印税が出ないところはOKを出せないと言われたこともあります」

遺族は復刻といってどんなものをイメージしていたのだろう、と高橋さんは思う。この作品が商業的な出版物としてメジャーに刊行されることか。
高橋さんはわかりましたと言う。
そして、あとに言いたい言葉をぐっと飲み込む。
「ここで出さなければこの作品は残らない。数十年後、おそらく、何もなくなる」

世に出してくれるなら自分以外がやってもいいのだと高橋さんは言う。
「むしろ、こっちが協力したいくらいです」

(『あっぷる!ぷるる』裏表紙)

最初はただ楽しさだけだったのだろう。
読者の懐かしいというコメントに励まされ、復刻の喜びはもっと単純で明瞭だっただろう。
だが長い年月のあいだ、出版をめぐるさまざまな荒波に揉まれる内、高橋さんは、復刻をなしうる条件というものに何度も何度も突き当たったのに違いない。中でも商業的な復刻の限界に対する認識は、高橋さんにとっておそらく決定的なものであったと思われる。

同人誌で、少部数で、版権所有者に許可を求めても復刻意図を理解されぬこともあるこの道、曖昧で不安定で時には誹謗中傷にさらされるこの細道こそが現時点、高橋さんの理想の復刻に通じる最も確かな道である。

そしてわたしは思うのだが、そのことを無意識的にも知ったとき、高橋さんは本当の意味で復刻というものに引きずり込まれたのではなかったか。
漫画史を熟知したこの目利きは、埋もれている数々の作品の価値を知っている。趣味だから続けられると高橋さんは言うが、それは、趣味だからこそやめる理由を持たない、趣味だから続けてゆくのだという覚悟の言葉のようにも聞こえる。

 

 

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