たかはしちこ(アップルBOXクリエート)/ マンガ復刻・同人誌 2

作家や遺族から喜んでもらった時もある。

うしおそうじ「どんぐり天狗」は、かつて作家に許可を求めて返事を保留されていたが、ファンの会社の出版トラブルの余波を受け、話が頓挫してしまった。十数年経って作家の死後、偶然うしお氏の息子さん、作曲家の鷺巣詩郎氏と面識を得ることができ、「おやじのを出してくれて嬉しい」と快諾された。
岡友彦「白虎仮面」も、息子さんから好意的に受けとめてもらえた嬉しい例だった。

うしおそうじ

鷺巣

 

( 岡友彦

次は何を復刻しよう、そう考えることは楽しい。
高橋さんが読者として考えているのは同世代の人たちだ。自分と同じ時代を共有した人たちから、懐かしかったですなどの反応が来ると嬉しいという。年金暮らしで、だんだんこういうものを買うことも少なくなってきている人たちが、高橋さんの復刻の主な予約者である。
これまで一度も同人誌をやめようとは思わなかった。待っていてくれる読者たちへの責任ということも頭にあった。この先やめようと思うのは、仲間に迷惑をかけ始めた時か、同世代の読者たちがリタイヤして売れ行き部数が50部を切ったときでしょうか、と高橋さんは言う。

 

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今入重一さんは、このブログにも登場した横山光輝作品のトップコレクターだ。横山光輝クラブの会長であり、作家の強い信頼を得てその邸に出入りする間柄になっていた。

高橋さんは、まんだらけ中野店に行ったとき、偶然今入さんと知り合いになった。そして、自分が古い漫画の復刻をやっていること、可能なら横山作品も復刻したいことを言った。
今入さんの反応は迅速だった。
「それなら先生に直接会っておいたほうがいいでしょう」
そう言って横山邸に連絡をとり、高橋さんを連れて行った。
高橋さんはそこで作家本人に会い、もとの原稿が残っていない作品なら復刻してもいいという許可を得ることができた。
今入さんは、自分の膨大なコレクションから、復刻用の資料を高橋さんに惜しみなく提供した。
アップルboxクリエート刊行「横山光輝名作全集」は、現在、公式の全集を補う存在として光プロダクションからも高く評価されているという。

そして横山作品のこの復刻があったから他の先生のものも作れたと高橋さんは語る。
「今入さんの存在は、大きいなんてもんじゃない。これがなかったら続けてくることはできなかったと思います」

 

『なつ漫王』50号裏表紙より 復刻横山光輝作品

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実際、儲けというのは出るのだろうか。

高橋さんは、復刻で儲けているとずいぶん言われてきた。復刻で家を建てたと言われたこともある。
長年付き合っている印刷所に依頼して、オフセット印刷で100部つくる。サイズはA5版、表紙はフルカラー、本文は二色の上質紙で無線綴じ。『なつ漫王』『漫画市』はほぼ200-250ページ。

「予約してくれるファンたちに頒布し、2割を委託し、どんなに売れても大概1割は残る」と高橋さんは言う。
「でも7割売れればそんなに大きな痛手にはなりません」

わたしは印刷所の費用を確認し、これで毎回、本当に経費はまかなえているのだろうかと思ってしまった。
儲けが出る出ないの話ではない。これは痛手が大きい少ないの違いではないか、とわたしは言った。

「でもわたしは商売でやってるわけじゃないですから。他に商売があるわけですから」と高橋さんはまじめに抗弁する。
高橋さんは古書店を経営し、店頭だけでなく目録でもヴィンテージ漫画を売っている。昨今はインターネットの普及などで古本屋の経営は厳冬だが、今はともかく、比較的余裕のある時代が長かったと高橋さんは言う。

まずは漫画家としての自分の創作活動があった。
「ちょっとエッチっぽいもので、名前もずばり、「ザ・エロス」」
そう言って高橋さんは笑った。
「それと猫耳少女の「ミーコメタモルフォセス」、そういうのが500から1000部、出すたびに何十万かにはなりました。他に、古本屋をやる前はフリーでテレビコマーシャルの絵付けの仕事をやっていて、これが月に50万~100万」

それらがすべて復刻の資金源となった。
「復刻で食べてゆくようなことはしないです」と高橋さんは言う。

「誰もこちらが出血しながら続けているとは思わない。でもこれは商売じゃない。趣味なんです。趣味は楽しむためのもの、だから損して当たり前なんですよ」

『新ミーコメタモルフォセス』

 

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「誰もこちらが出血しながら続けているとは思わない。でもこれは商売じゃない。趣味なんです。趣味は楽しむためのもの、だから損して当たり前なんですよ」

だが、頭を下げ、赤字を出し、常に版権の弱者としてぎりぎりのところに立ちながら、誰が趣味といって平然と血を流し続けるだろうか。損して当たり前といってそれを数十年続けるひとがいるだろうか。
高橋さんの穏やかで醒めた態度とやっていることの激しさとには抜きがたいギャップがあったが、当の高橋さんはそのことに全く気づいていないようだった。このギャップが、損得を金銭で考えがちな世間に、やっぱり儲かっているんだろうという推測をさせるのであるかもしれなかった。

おそらく、最初はほんとうに世間の趣味の域におさまるものだったのだろう。楽しくて、面白く、読者も喜んでくれた。
だが長年の活動のあいだ、高橋さんの「趣味」という言葉は徐々に世間一般の用法から遠ざかり始めていったように思われる。
それはいつのまにかもっと能動的で限定的な、或る不可侵の領域の表現として研がれていったのではなかったか。