プロ野球選手のサインをもらう僕の方法と理由/佐々木大(仮名)2

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ここで少し個人的な話をしよう。

わたしは佐々木さんと東京ドームの前売り所で知り合った。
我が家は長年巨人ファンで、ずっと巨人戦にかよっていた。

佐々木さんがサイン獲りを始め、本格的に巨人にハマっていった2000年過ぎあたり、現場の状況は激動だった。
90年代後半に低迷した巨人は、2000年ようやくセ・リーグで優勝した。
2001年を挟み原監督に代わった2002年、西武を4タテして日本シリーズを制覇した。外野スタンドは派手に沸いたが、その陰でファン同士のさまざまな勢力争いが激化していた。
2003年、東京ドームは外野自由を撤廃し全席指定に舵を切る。
応援も席のとりかたも、ライト外野は一変した。

わたしたちは外野指定券をとるため、仲間で銀座のプレイガイドに並んだが、自由席になじんだ身にはなかなかうまくいかなかった。数年間そこでやってみて、やっぱり東京ドームに並ぼうということになり、前売り日はドームに行くようになった。
その頃すでに佐々木さんはグループをまとめる存在になっていた。
グループの人たちは選りすぐりだった。とにかく根性入れて並ぶ。しかも席の好みが激しい。
佐々木さんは派手な押し出しで、一見近寄りがたい雰囲気だったが、話してみると素直で饒舌で、人に対して心から感心したり有難がったりする。熱気で相手を巻き込んでゆくようなところがあった。
佐々木さんはいつも人の輪の中にいた。

原辰徳

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外野席が激変し、応援の人たちも移り変わる中、毎年毎年、佐々木さんのサイン獲りは深まっていった。

「金券屋には行かない。オークションにも頼らない。ぼくの求めるモノはそこには無い」と佐々木さんは言う。
ただこつこつせっせと現場に足を運び、並んで待つ。

まめでないとダメ、と佐々木さん。
「俺が俺が」でなく、コミュニケーションを大切にする。労を惜しまず、手を抜かない。その上で、それに見合うものをきっちり獲ってくる。
佐々木さんは、わたしたちが外野自由席で学んだ場所の論理というものを最初から本能的に知っていた。
自分自身で動き、その場に居続けること。腰を低くし、人と協力すること。
楽をしてはならない。
依存すれば支配される。自分の持ち分を人に握られる。

そしてこれは、我が家が初めて佐々木さんと口をきいた日に、かれの鞄の中に入っていたモノ。

2008年、巨人軍全選手のサインカード。

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2008年は強烈なシーズンだった。

その年、巨人は神宮球場で開幕三連敗。
その後阪神に大差をつけて引き離された。

7月22日、阪神に早くも優勝マジックが点灯する。
だが夏後半、故障で離脱していた選手たちの復帰も手伝って急速に勢いづくと、9月は破竹の連勝街道をひた走り、ついに阪神との13ゲーム差をひっくり返してリーグ優勝した。
これほどの大差を逆転したのは、セリーグ史上、後にも先にもない。
「メークレジェンド」という言葉がさかんに言われ、応援は尻上がりにすさまじい盛り上がりを見せた。

勢いに乗る巨人は、クライマックスシリーズで中日を破り、ついに日本シリーズで西武と対決した。

 


坂本勇人
2007年入団
08年、十代で開幕スタメン。

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2008年11月、日本シリーズ。
東京ドームでの第1戦は西武が勝ち、第2戦は巨人が勝って、競り合った。
西武ドームに場所を移した第3戦は巨人の勝利。次の第4戦は落としたが、第5戦7ー3で再び巨人が勝ち、日本シリーズ優勝に王手をかけた。
流れは巨人にありとファンはみな確信した。だが東京ドームに戻ってきた第6戦、第4戦で巨人を完封した西武の岸が再び巨人を圧倒し、双方3勝ずつのタイとなる。
不穏な空気は漂ったが、わたしたちはメークレジェンドの完遂を信じていた。

11月10日、最終の第7戦。
その日は巨人が2点先取し、早くもそわそわした気分が漂った。
5回で西武が1点返す。だが大丈夫。中盤に巨人の追加点が入らないのが気に入らないが、7回裏の「闘魂こめて」は大声で歌う。
応援団は周囲の席にオレンジ色の紙テープを配り始めた。勝利の瞬間いっせいにグラウンドめがけて投げるのだ。マウンドには巨人の越智がのぼり、8回表の投球準備を始めていた。だが忘れようもない。スタンドの空気は異様に重く、ほとんど耐えられないほどだった。めったに席を離れない隣の友人が煙草を吸ってくると言って背中を返し、階段をのぼっていった。

その回、西武先頭打者の片岡は、デッドボールで出塁すると奇跡のような走塁で生還し、2対2、同点。すると2アウト1、2塁、前の試合で4打点をあげた平尾が打った。
試合終了と同時に西武の選手たちがグラウンドになだれ出てきた。歓喜に沸くその胴上げを、わたしたちは指にオレンジ色の紙テープを巻き付けたまま茫然として眺めていた。

さてこの日以降、西武戦で異様に燃える巨人ファンがどっと増えたのだが、佐々木さんにとってもそれは、忘れられない年になった。
シーズン後半、急速に加熱する巨人人気の中で、サインを獲る現場は激変して荒れた。
なんという困難な状況だったことだろう。
あの激烈な年、かれはすべてを攻略した。

2008年を振り返って佐々木さんは結論づける。
・・・越智さんにはずいぶんよくしてもらった。


 

 

 

 

 

 

 

 

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