キンキーズ・田中康隆 / カード類(カルビー他)1

大阪のベッドタウン、寝屋川市。

キンキーズは、この寝屋川市駅から歩いて5分ほどの小さなビルの二階にある。

薄暗い階段の両側には、古いレコードのジャケットや特撮のカラーコピーがぎっしり貼られている。
店内に入ると中は横長で意外なほど広い。手前のコーナーには古いシングルレコードが隙間なく並び、中央には仮面ライダーアルバムを無造作に積みあげた小高い島がある。棚には大量のファイルが詰められて品ぞろえの充実を一目で感じさせる。奥の壁はカード類を陳列したガラスケースだ。

「紙モノマニアの聖地」と呼ばれて久しいキンキーズだが、店内にその名のもつ居丈高な雰囲気はまるでなかった。扱う品が小さいためもあるのだろう。が、たぶんそれだけではない。モノでいっぱいなのに、それがこちらを圧倒してくる息苦しさがない。むしろモノたちに深々と包みこまれるような安堵感がある。
入口のすぐ脇はカウンターになっている。店主の田中さんがここからはめったに出ないという巣穴にも似たこもり場だ。その周囲をカードやブロマイドが、これも包みこむように取り巻いている。懐かしいくつろぎの気配が漂っている。

 

だが、奥のガラスケースに近づいて中を覗いた瞬間、わたしは度肝を抜かれた。

 

・・・仮面ライダーカードに産地がついている?!

高槻、藤井寺、堺、東住吉・・・大阪近郊の地名である。

 

キンキーズの仮面ライダーカードには、どれもこれも地名がついている。

こんな光景を見たのは生まれて初めてだ。

地名は全国に及んでいる。名古屋。栃木の小山。福島の会津、いわき。長野、富山、そして北海道旭川・・・。

 

「買い取りでカードを送っていただくときは、出た場所について書いてくれ、と言うようにしています」と店主の田中さんは言った。
「カードを売りにいらしたコレクターの方には、どこのお店で買いましたか、ということを訊いています。データが必要なので」

わたしは目を見張って聞いていた。仮面ライダーカードにいったい何が起きているのだろうか。

「どの地域からどんな色が出たか、だいたいわかるようになってきました」
田中さんはさらりと言って、笑顔をみせた。

「もう、ほとんどビョーキですわ」

現在、紙ものマニアの聖地と言われるキンキーズは、最初はレコード店だったのだという。

田中さんはもともとレコード屋に勤めていて、2000年に中古レコードの店としてこのキンキーズを始めた。もちろん今でもレコードは店の主力商品のひとつである。
それが、カードやブロマイドが欲しくて、途中から広告を入れるようになった。

ちょうど第一次怪獣ブームにハマった世代だった。ウルトラマンやマグマ大使に入れ込んで、そこから仮面ライダーへも進んだ。特撮だけではない。その後カルビーが出したプロ野球カードなどにも夢中になった。
とにかくカードやブロマイド、紙モノが大好きで、だから自分自身がコレクターだった。梅田にある籠目舎で、棚にあるカード類をそれこそ総ざらいで買ったこともある。東京のえむぱい屋にも行った。午後2時頃行ったら閉まっていて、がっかりして帰ってきたりもした。たぶんさってさんはまだ寝ていたのだろう。

そんなわけで、当時中古レコード店キンキーズのオーナーは、自分のコレクションを増やしたくて「カードやブロマイドを売って下さい」という広告を出した。マニアにはよくある発想だった。そしてうきうきしながら、売りにくる客を待っていた。

広告の効果は大きかった、と言っていい。

客は殺到した。

そのすべてが、「売ってくれ」という客だった。

 

客は殺到した。

田中さんの期待とは逆に、「買ってくれ」ではなく「売ってくれ」の客だった。

客はどんどん値をつり上げた。
幾ら幾ら出すからあれを売ってくれ。
買い取りの値を上げれば上げるほど、客はますます殺到した。

「関西にはそういう店がなかったので」
田中さんは当時の狂乱状態を追憶し、遠い目になった。

・・・これは出したくなかったという痛恨の1枚とか、あるでしょう?
わたしは訊いた。
「痛恨の100枚、いや数え切れませんねえ」と田中さんはぼやいた。
「コレクションを切れと言われて、泣く泣く切りました」
ずっと大事にしていたコレクションもその波に飲まれて消えていった。押し寄せる客たちの怒濤の勢いに、にっちもさっちもいかなかったと見える。

「当時はお客さんに、要らなくなったら言って下さい、こっちに何か譲って下さいと言っていました」

 

田中さんは言う。

「子供の頃、ソフビを買えたのは金持ちの子。でもカードは小遣い、10円20円の範囲ですから。カードだったらみんな買えました。夏の日にジュース1本飲むのを我慢して」

駄菓子屋の5円引き、10円引きブロマイド、ミニカード、オマケカード類。カルビーの仮面ライダーカード、V3カード、野球カード、変身忍者嵐カードなどなど。シスコのウルトラマン、レインボーマン、キカイダー、ミラーマン・・・。
紙モノはふんだんに溢れていて、そして何よりも安価だった。

おもちゃは高価で買えなかった子たちも、みんなカードは通ってきていた。だからカードの前では誰もがちびっこに戻る。

ある意味、危険度も半端ではないのだ。
中古レコードを買いに来た客がここで何人ハマったことか。レコードを見ていてふっと振り返り、ああ懐かしいといってカードを見始める。

田中さんにはわかる。
これまで何度もその瞬間を見てきたのだ。
今、その客のどこかで、スイッチが入った。

客は1枚買ってゆく。
1枚買ったらおしまいだ。
必ず1週間以内に戻ってくる。
もう、目つきが変わっている。

「一応やめたほうがいいですよとは言うんですよ」
すべてを見てきた田中さんは、柔和なお坊さんのような表情で言う。

「ほどほどにしはったほうがいいですよ。入り口はいいですが中に入ると悲惨ですよ、って」

もちろんそんな忠告は聞かれるはずもなく、田中さんは奥さんたちにずいぶん怒られてきた。「あなたのせいでこうなった。なんとかしてくれ。あんたは女性の敵だ」と。

無理もない。

奥さまがた。この場所に来て事故ったのは旦那さんのせいですが、お気持ちはよくわかります。