池田誠 / ももクロ生写真(佐々木彩夏)5

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その池田さんが大事にしている直筆サイン入り写真があるという。

2010年、HMVにももクロメンバーが来店し、その場で配布された生写真である。
7月1日、佐々木彩夏来店。7月4日、高城れに来店。以下メンバーが次々来店し、ひとり50枚を配布した。写真はこのイベント向けのもので、すべてに直筆サインと1~50までの手書きの番号及びコメントが入っている。

「ぼくは現場に行ってないので、直接本人が配ったかどうかはわからないんですが」
そう言いながら池田さんは2枚の写真を取り出した。

「そのときのあーりんの1番と50番がこれです」

この年の5月5日、ももクロは「行くぜ!怪盗少女」でメジャーデビューした。そしてそれまであった接触系イベントはこの頃からおこなわれなくなってゆく。

池田さんは言う。

「HMVのこの写真は、イベントで直筆サイン入り生写真を配る最後の時期のものにあたります。接触系イベント最後の時期、それはかれらが国民的アイドルとしての階段を登り始める時期でもある。その終わりと始まりの時期にいるこれらの写真を見ていると、ももクロの歩みがいろいろな層の重なりとなって浮かび上がってくる、それが感慨深いのです」

 

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杏果の脱退発表後、池田さんはくよくよしていた。
まず脱退でショックを受け、杏果最後のライブの抽選に外れてショックを受け、ライブビューイングのチケットは確保してわずかに心を慰めた。

2018年1月21日、5人最後のライブの模様を、池田さんとわたしは隣のライブビューイング会場で見た。

ライブ終了後、池田さんは言った。
「いいんです。4人で。ももクロのクローバーは四つ葉なんだし」
バレンタインイベントも二日間当たっている。10周年の東京ドームも行く。あの子たちならやってくれる。
池田さんは涙をぬぐい、今日だけはと着ていた緑のユニホームを脱いだ。黒いトレーナー姿になったが、実はその下にピンクのTシャツを着ているのだ。

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最後に、この池田さんの生写真買いの近くにいるわたし自身について、少し記しておかなくてはならないだろう。

わたしは2011年3月11日の震災後、どうしたものか精神的にテレビを見ることができなくなった。鬱々とした日を過ごし、久しぶりにテレビを見たのが2012年大晦日の紅白歌合戦で、そのとき初めてわたしはももクロを知った。そして、こういう子たちがいるのならまだ未来はあるのだと思った。
みんなを笑顔にする、その使命感や覚悟でももクロというグループは抜きん出ている。その決意をアイドルとしてなま身で背負いつづけることの重さを思う。
5人の体制は不変だと思っていたけれどそれは間違いだった。そもそも一回一回のステージが常に一度限りのものだった。さまざまな変転はあるだろう。だが照らされた記憶ははっきり残っている。その記憶をこの先も重ねてゆけるのを幸運だと思う。
わたしは、この時代にかれらとめぐり会えて幸運だった。出会ったら見間違えるはずもない。本物は、まぎれもなくそれだとわかる。まるで灰の中のダイヤモンドのように。

< 2018年3月>