星まこと / アニメ探究 3 鳥海永行・荒木伸吾

9

「インタビューは断ると言う方も、けっこういらっしゃいますよ。
鳥海永行さんには手紙を書いたんです。便せんで五、六枚。鳥海さんの小説を、この作品はこうこうだ、と書いて、それで取材したいってお願いした。

実は『ガッチャマン』の最終話だけはシナリオがないと言われてるんですよ。鳥海さんが自分で絵コンテ描いて、それがアフレコ台本になったと言われてる。
リアルな世界をやらせたら一番だって思ったから、吉田さんは鳥海さんを『ガッチャマン』の監督に抜擢したんですよね。それをセンスよくリアルに描ける宮本貞雄さんや中村光毅さんとか、大河原邦男さんとか、全てが揃ったのが『ガッチャマン』だった。

『ガッチャマン』は鳥海さんじゃなければできなかった。あの最終回も、吉田さんにそこまで任されていたからこそできた。それを鳥海さんに聞きたかったんだけど、受け付けてもらえなかったんです。
海外合作『ピエールくん歴史を行く』がターニングポイントじゃないですか?って言ったら、そうなんだよ、って言ってくれましたけどね。『ガッチャマン』自体は話してもらえなかった。

僕のインタビューはいつも、もとの分量からすると四分の一か五分の一になっているんですよ。でも話した内容はほとんど入っている。極力開示していきたいし、出来ないにしてもギリギリすれすれくらいまでは、なんとか許してもらいたいなあと思って。
だから『ガッチャマン』、聞けなかったというのもリアルに書いてるんです。鳥海さんは、あなたは知ってるんだからいいでしょ、みたいな感じで。ああっ、そこを聞きたいのに、って思ったんですけどね」

10

「荒木伸吾さんといえば止め絵とか美形キャラとか言われてますよね。
たとえば『巨人の星』の星飛雄馬。普通の人が描いた飛雄馬の絵はこれ。これもうまいんですよ。でも荒木さんが描くとどうなるか?・・・全然違う。
前のだって十分うまいんですよ。でも荒木さんが描くとこうなっちゃう。荒木さんも自分でわかってない。どうしてなんでしょうね、こうなっちゃうんですよ、としか言わないんですよ」

「荒木さんはこういうすごい迫力ある絵を描くけれど、ぼくはそれ以上に何かこの人の絵には詩情がある、リリカルなものがあるとずっと思っていた。なんでだろう、と思ってたとき、昔の『アニメージュ』で特集があって、かつて荒木さんが劇画を描いてたっていうのがわかった。それですごく探したんです」

「劇画っていうと今のマンガファンは、ギャングだとかハードボイルドだとか思ってるかもしれないけど違うんですよ。こういう世界もある。リリカルで、コマ運びが石ノ森章太郎の「ジュン」みたいなんです。
十代の若者たち、手塚治虫をめざしてたような人たちが、漫画雑誌に描けなくて、こっちだったらデビューできると思って劇画に来たっていうのもあったんですね。
荒木さんは小さい頃に戦争でお父様を亡くされて、中学を出た頃から、ちょっと間違えたら指をなくすようなハードな鉄工所の現場で働いて、でも夜中になると徹夜で漫画の原稿を描いてた。世の中の矛盾とか冷たさとか全部わかった上で描いていた。そういうのが全部にじみ出て昇華されたものが、荒木さんのあの絵だった。それをぼくらも画面から感じとっていた。

荒木さんは、昔の劇画をぼくが持って行ったからすごく喜んで、これ読んでどう感じた?みたいに言ってくれて。あのころ聞けなかった感想を聞けて嬉しいみたいに言ってくださった。
ぼくがそこで思ったのは、ああ、荒木伸吾ってのは表現者なんだな、一流のクリエーターなんだな、って。それを受け取っていたからぼくたちは感動したんだなって改めてわかったんです」

11

「たとえばテレビの特撮は、映画が斜陽になって、食いつめた映画マンたちがみんなで作ったって経緯がある。アニメも同じで、紙芝居が駄目になったから来たとか、赤本マンガが駄目になったからとか、劇画も斜陽になってきたからとか、絵が描けるというそれだけの思いでアニメの世界に入った人たちがいっぱいいる。批判もあるけど、アニメーターというものをひとつの職業にした手塚さんの功績は大きい。
ぼくが惹かれるのは、このアニメーターの人たちが、毎日毎日絵を描いて、それこそ鉛筆一本で奥さんと子供を養って、子供を大学に入れたりした。ちゃんと生活者として生計を立てながら作品をつくってきた、そういう人たちに、ものすごくリスペクトがある。

一昔前、記者が取材対象者に話を聞きに行くときは、大宅壮一文庫に行ってその相手の記事をひととおり調べてから行くのが基本だった。でもこの人たち、そういう記録がありますか?無いですね。手がかりはというとその人の作品歴しかない。

作品歴は心の中に入っている。感動とかその当時受けた印象とか、そこに仕事で得たスキルも加わるんだけど、とにかくそういうファン目線で聞きに行く。まあかなりこじらしてますけど。
それで、自分が受け取ってきたものが本当にそうなのか、それを訊くんです。その人が作ってるものがぼくらのところに、フィルムやブラウン管を通して、薄められて、来ている。でもその中に本質となっているものがあるはずだ。その本質が何なのかということに興味がある。実際に会って、ぼくが受け取ったのはこうです、とお話しする。そうですね、それで違ってると言われたことは一度もないです」