田中康隆/キンキーズ(カルビーカード)

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    田中康隆 (キンキーズ)/カルビーカード

    1964年、大阪生まれ。
    子供時代、特撮・野球関連のカードやブロマイド収集に熱中する。
    青年期はビートルズにハマり、レコード店勤務を経て、2000年、大阪府寝屋川市にキンキーズを開店。中古レコードの他、主に1970年代のカード・ブロマイドなどいわゆる紙モノを販売する。
    全国のマニアから絶大な信頼を寄せられ、テレビ番組や雑誌からの問い合わせも多数。寝屋川の店舗は、その道に関心のある者が一度は訪れずにいられない聖地として名を馳せている。

    http://www.kinkys.jp/shop.html

    大阪のベッドタウン、寝屋川市。

    キンキーズは、この寝屋川市駅から歩いて5分ほどの小さなビルの二階にある。

    薄暗い階段の両側には、古いレコードのジャケットや特撮のカラーコピーがぎっしり貼られている。
    店内に入ると中は横長で意外なほど広い。手前のコーナーには古いシングルレコードが隙間なく並び、中央には仮面ライダーアルバムを無造作に積みあげた小高い島がある。棚には大量のファイルが詰められて品ぞろえの充実を一目で感じさせる。奥の壁はカード類を陳列したガラスケースだ。

    「紙モノマニアの聖地」と呼ばれて久しいキンキーズだが、店内にその名のもつ居丈高な雰囲気はまるでなかった。扱う品が小さいためもあるのだろう。が、たぶんそれだけではない。モノでいっぱいなのに、それがこちらを圧倒してくる息苦しさがない。むしろモノたちに深々と包みこまれるような安堵感がある。
    入口のすぐ脇はカウンターになっている。店主の田中さんがここからはめったに出ないという巣穴にも似たこもり場だ。その周囲をカードやブロマイドが、これも包みこむように取り巻いている。懐かしいくつろぎの気配が漂っている。

     

    だが、奥のガラスケースに近づいて中を覗いた瞬間、わたしは度肝を抜かれた。

     

    ・・・仮面ライダーカードに産地がついている?!

    高槻、藤井寺、堺、東住吉・・・大阪近郊の地名である。

     

    キンキーズの仮面ライダーカードには、どれもこれも地名がついている。

    こんな光景を見たのは生まれて初めてだ。

    地名は全国に及んでいる。名古屋。栃木の小山。福島の会津、いわき。長野、富山、そして北海道旭川・・・。

     

    「買い取りでカードを送っていただくときは、出た場所について書いてくれ、と言うようにしています」と店主の田中さんは言った。
    「カードを売りにいらしたコレクターの方には、どこのお店で買いましたか、ということを訊いています。データが必要なので」

    わたしは目を見張って聞いていた。仮面ライダーカードにいったい何が起きているのだろうか。

    「どの地域からどんな色が出たか、だいたいわかるようになってきました」
    田中さんはさらりと言って、笑顔をみせた。

    「もう、ほとんどビョーキですわ」

    現在、紙ものマニアの聖地と言われるキンキーズは、最初はレコード店だったのだという。

    田中さんはもともとレコード屋に勤めていて、2000年に中古レコードの店としてこのキンキーズを始めた。もちろん今でもレコードは店の主力商品のひとつである。
    それが、カードやブロマイドが欲しくて、途中から広告を入れるようになった。

    ちょうど第一次怪獣ブームにハマった世代だった。ウルトラマンやマグマ大使に入れ込んで、そこから仮面ライダーへも進んだ。特撮だけではない。その後カルビーが出したプロ野球カードなどにも夢中になった。
    とにかくカードやブロマイド、紙モノが大好きで、だから自分自身がコレクターだった。梅田にある籠目舎で、棚にあるカード類をそれこそ総ざらいで買ったこともある。東京のえむぱい屋にも行った。午後2時頃行ったら閉まっていて、がっかりして帰ってきたりもした。たぶんさってさんはまだ寝ていたのだろう。

    そんなわけで、当時中古レコード店キンキーズのオーナーは、自分のコレクションを増やしたくて「カードやブロマイドを売って下さい」という広告を出した。マニアにはよくある発想だった。そしてうきうきしながら、売りにくる客を待っていた。

    広告の効果は大きかった、と言っていい。

    客は殺到した。

    そのすべてが、「売ってくれ」という客だった。

     

    客は殺到した。

    田中さんの期待とは逆に、「買ってくれ」ではなく「売ってくれ」の客だった。

    客はどんどん値をつり上げた。
    幾ら幾ら出すからあれを売ってくれ。
    買い取りの値を上げれば上げるほど、客はますます殺到した。

    「関西にはそういう店がなかったので」
    田中さんは当時の狂乱状態を追憶し、遠い目になった。

    ・・・これは出したくなかったという痛恨の1枚とか、あるでしょう?
    わたしは訊いた。
    「痛恨の100枚、いや数え切れませんねえ」と田中さんはぼやいた。
    「コレクションを切れと言われて、泣く泣く切りました」
    ずっと大事にしていたコレクションもその波に飲まれて消えていった。押し寄せる客たちの怒濤の勢いに、にっちもさっちもいかなかったと見える。

    「当時はお客さんに、要らなくなったら言って下さい、こっちに何か譲って下さいと言っていました」

     

    田中さんは言う。

    「子供の頃、ソフビを買えたのは金持ちの子。でもカードは小遣い、10円20円の範囲ですから。カードだったらみんな買えました。夏の日にジュース1本飲むのを我慢して」

    駄菓子屋の5円引き、10円引きブロマイド、ミニカード、オマケカード類。カルビーの仮面ライダーカード、V3カード、野球カード、変身忍者嵐カードなどなど。シスコのウルトラマン、レインボーマン、キカイダー、ミラーマン・・・。
    紙モノはふんだんに溢れていて、そして何よりも安価だった。

    おもちゃは高価で買えなかった子たちも、みんなカードは通ってきていた。だからカードの前では誰もがちびっこに戻る。

    ある意味、危険度も半端ではないのだ。
    中古レコードを買いに来た客がここで何人ハマったことか。レコードを見ていてふっと振り返り、ああ懐かしいといってカードを見始める。

    田中さんにはわかる。
    これまで何度もその瞬間を見てきたのだ。
    今、その客のどこかで、スイッチが入った。

    客は1枚買ってゆく。
    1枚買ったらおしまいだ。
    必ず1週間以内に戻ってくる。
    もう、目つきが変わっている。

    「一応やめたほうがいいですよとは言うんですよ」
    すべてを見てきた田中さんは、柔和なお坊さんのような表情で言う。

    「ほどほどにしはったほうがいいですよ。入り口はいいですが中に入ると悲惨ですよ、って」

    もちろんそんな忠告は聞かれるはずもなく、田中さんは奥さんたちにずいぶん怒られてきた。「あなたのせいでこうなった。なんとかしてくれ。あんたは女性の敵だ」と。

    無理もない。

    奥さまがた。この場所に来て事故ったのは旦那さんのせいですが、お気持ちはよくわかります。

     

     

     

    そこへちょうどお客さんがふたり来店した。年かさの男性と少し若い男性と、どちらも相当な常連さんらしく、もの慣れていて風格があった。

    「まんだらけさんでバイトしてはる」と田中さんがわたしを紹介すると、常連さんのひとりが言った。

    「今までまんだらけはお正月とかに、どかんとカードを売り出すときがあったんですよ。それが3年前あたりからなくなった。どうしてですかね」

    ・・・ええ? わたし、末端だから全然わからないです。サーラにあるのかなあ。

    サーラはまんだらけが千葉につくった巨大倉庫だ。

    「あれを楽しみにしてた人が多いんですよ。まんだらけに、カードをがんがん出してくれるよう言ってください」

    そうそう、ともうひとりのお客さんも相槌を打つ。
    わたしはちらっと田中さんを見た。なんと田中さんも、そうそう、とうなずいているではないか。
    「そうですよ、まんだらけさんにカードを出してくれと言って下さい」

    そんなあ・・、とわたしは困ってしまう。

    田中さんは語る。「二、三年の間、仮面ライダーカードがちっとも入ってこなくなった時期がありました。そのあとは突然、毎日のように入り出して。波が激しすぎて、どうなってるのかわかりません」

    この店と歩みを共にして、浮沈も共有してきている常連さんが、そばで苦労話を聞いている。

     

    新潟トウッ!

    松江トウッ!

     

    北海道名古屋トウッ!

     

     

    キンキーズのホームページには次のように書いてある。

    「カードにこだわって17年
    70年代のカルビー仮面ライダーカード、カルビープロ野球カード、さらに買い取りNo.1宣言!!!」

    そして、探索中の仮面ライダーラッキーカードの番号と買い取り価格が列挙される。No.255のS(極美状態)120万円を始め、さすが老舗、迫力の高額が並ぶ。

    ホームページ内には、この店に通う仮面ライダーカードコレクターたちの、白銀の絶峰にいどむような鬼気迫る試みも書かれている。

    「エラーカード(深い!!)ラッキーカード(コンプリート不可能!!!・・・)記号の完全コンプリート(達成者ゼロ!と思います)さらにその記号のヴァリエーション違い!!超極美コンディションでナインポケット9枚づつ!!あげくに同じ番号でファイル1冊!!・・・とても終りがあるとは思えないすさまじい境地へと突っ走っておられます。頭が下がります」

    その、すさまじい境地へ突っ走る客たちに、キンキーズは常に伴走してきた。
    この店のお客さんは長年のつきあいが多い。最初からの客がずっと続くのだという。

    聞けば、仮面ライダーカードに産地を入れるのは、客主導で始まったことなのだそうだ。

    「或るお客さんが言い始めて、書くようになったんです。他のお客さんもそれに触発されて」

    やっている内にだんだん田中さん自身も興味が湧いた。
    そうするといろいろわかることが出てきた。
    印刷所のクセとか、封入した場所とか。

    たとえば倉敷と奈良の一部では全く同じ印刷が出る。文章の一部に黒い点がつくのだという。県境も微妙な場所だ。岐阜の隣に名古屋がある。当然、双方共通するカードが出る。だが富山の場合、基本は関東系だが石川や岐阜に隣接する地域ではレアな地方版が出てくる。
    V3カードでも、鹿児島と北海道と関東で同じモノが出る。
    そういう分布図が少しずつ出来てきた。

    「カードを売りに来たお客さんに、どこで、どんなふうに買いましたか、と訊きます」と田中さんは言う。
    大都市圏内は特にこまかく訊くという。
    「小遣いは幾らくらいでしたかというのも訊きます」
    ・・・ああ、箱買いしてる可能性がありますね、とわたしは言った。
    小遣いをふんだんに貰っていた場合、相当まとまった量が同じ出処ということになる。

    自分の出身地で集めますという人もいるそうだ。埼玉の人が埼玉産のライダーカードばかり買ってゆくとか、静岡産で1セット組むとか・・・。 わたしの亭主は静岡出身だ。田中さんによると、静岡のカードは富士川を挟んで東西分かれるらしい。

    「だから何なんだ?って話ですわ。他だと過剰在庫扱いです」
    田中さんは笑った。
    「でもみんな、面白がってます」

     

    1971年、カルビーはカードを1枚ずつ付けた仮面ライダースナックを発売した。カードは全国の子供たちを熱狂させ、それはひとつの社会現象となった。
    カードを刷っても刷っても間に合わない。大日本印刷はいろんな印刷所に仕事を回した。地方の小さな印刷所も動員された。地方の小さな小さな、ものすごくヘタくそな印刷所までもが、こぞって仮面ライダーカードを印刷した。

    田中さんは言う。

    「東日本は比較的大手の印刷所が請け負ったんです。だからそれほどたいした違いは見られない。でも西日本は面白い。ホントに末端の印刷所が手がけたものがまじってる。こっちの予想のつかないカードが出てくる。まだ発見がある。見たことのないモノがある」

    「トレーディングカードというのは、どうも企業の手のひらで泳がされている気がするんですよ。エラーもなにもすべて計算ずくでコントロールされている感じがしてしまって」

    それに比べて昔のカードには、赤という色ひとつにしても予測不能なさまざまな差異がある。
    その紙モノの内蔵する情報性は、まさに「立体的」だと田中さんは言う。

    仮面ライダーカードから遅れること約二年、1973年にカルビーは、野球カードを付けた「プロ野球スナック」を発売した。
    ライダーカードのときの印刷のノウハウ、印刷所のネットワークが、そのままプロ野球カードに受け継がれた。

    「だから両方やるお客さんも多いんですよ」と田中さんは言う。

    プロ野球カードは、地方版が西日本の発行のため、西の比重の大きさが際立つ分野らしい。

     

    キンキーズのホームページを再び引用しよう。

    「昭和40年代のカルビー仮面ライダーカード、V3カード、プロ野球カードは番号、記号(プロ野球は年代)、コンディション、販売地域(九州、四国、中国山陰、近畿、東海地方、北海道で子供の頃から持っておられるワンオーナーものがベスト!カードの流れで査定額がUPします)が、査定のポイントとなります。カードの紙質、インクの色合い、コーティング等を調べております!!ぜひ、ご協力お願いいたします!」

    仮面ライダーカードとプロ野球カード、両方やって見えてくるものがある。
    特撮と野球というジャンルを越えて、それはおそらくカルビーというジャンルなのだ、と田中さんは言う。
    文面のミスプリその他はもちろん、赤という色味ひとつ、隅っこについた黒い点ひとつ。色合い、紙質の共通、印刷のクセ、それらはこの時代にこういう印刷所の産物がこういうネットワークで流通していたという、まさしく「立体的」な情報をとどめている。
    それを掘り起こしてゆくことを「考古学」と呼ぶお客さんもいる。

    色違い

    10

    普通は綺麗なカードを買おうとする。傷みのない、角がピンと立っている珍しいカードに金を出す。

    でもこれは、そういう1枚しか持たない世界ではない。同じものをいっぱい持ってるところから話が始まるのだ。見比べて、ここが違う、そっちも何か変わっている、何が違うんだろう、と面白がる。

    「なぜ同じカードをいっぱい?と言われても、この色違いますから」

    だから仮面ライダーカード、たとえばナマズギラーの赤をくれ、青をくれ、という話になる。たとえばカメバズーカの色違いをグラデーションで揃えたりする。
    紙と印刷というものを突きつめたら、目の前になんという沃野が広がっていたことか。

    そんなわけで田中さんは常連さんからなじられるのだ。
    「前から頼んでたじゃないですか、この色味を」とか、「あの色ほしいって(自分は)言ってましたよね」というふうに。
    色で予約されても~、と田中さんは切ない顔をする。

    なんて素敵なことだろう。
    この世には、まだ見たことのない色がある。
    変なんが出た。こんなんあるんや。
    やめられない。
    ここにはまだまだ発見があり、探検と開拓の喜びがある。

    だからみんな大量に持っている。
    「1万枚はラフです」
    常連のお客さんは平然と言って笑った。驚くべきことにそれは自明のことらしかった。1万枚からきれいに整理してデータを取っている人もいるという。それは3万枚くらい持っている人だそうだ。

    あぶない、かわいい、何万枚の世界。
    成熟と狂気の入り交じる世界。
    これが仮面ライダーカードの買い方の進化形。

     

     

    ***********

    田中さんは笑顔で言う。

    「こちらがあまり調べてしまうとお客さんに逆にしらけられますので。場を提供しているって感じですねえ」

    キンキーズは、すべてに伴走してきた。
    オーソドックスな番号違いにも、ラッキーカードにも、記号版にも、そして色違いにも、それぞれの客の挑戦に寄り添ってきた。

    「採算合わないでしょう」とわたしはそっと言った。
    「店を続けてられるのが奇跡みたいです」と田中さんは言った。

    それでも好きだから、自分も面白いと思うから、根っから紙モノが好きだから、お客さんたちに併走し続けている。

    田中さんは、自分の大事にしているお宝を見せてくれた。
    山勝の5円引きブロマイド「クレージーゴン対ウルトラセブン」(筆文字)だった。
    迫力ある珍しい構図で、5円引きブロマイドの最高傑作との呼び声高い1枚だ。

    「売ってください」というキンキーズの広告に、売りたい客でなく買いたい客が殺到したのは、たぶん必然だったのだろう、とわたしは思う。

    その広告に本物の覚悟や執着があり、その匂いが、他の者の覚悟や執着を自然と引き寄せたのだ。

     

     

    ************

    田中さんのこだわりは、あくまで現場で売るということだ。
    それは現在、どんどん難しくなってきている業態である。

    「今どき、店舗販売。敵はネットオークション。とにかくあの世界はダメです」と田中さんは言った。

    値段の付け方にこだわりはありますか?と訊くと即答で返ってきた。
    「あります。ネットには左右されないということです」

    現在、インターネットで右から左に軽くモノを流すことが、どれだけの歴史を断ち切っていることか。

    「まんだらけさんも店舗販売は大変だと思いますよ。同じ店をやっている者として、そういう親近感があります」と田中さんは言い、「それに、ネットでは色がよくわからないんですよねえ」と笑顔で付け加えた。

     

    確認用ルーペ

     

    *************

     

    この店の中央には、仮面ライダーアルバムを無造作に積みあげた、うずたかい山がある。ざらざらっとふれて手触りを楽しむこともできる。

    仮面ライダーカードにハマったことのないわたしにもわかる。
    これは魔の山だ。
    カードを愛した者ならば、おそらく誰もが見た瞬間、取り乱さずにはいられない。この山を見ただけで子供返りしてしまった客もさぞ多いだろう。

     

    「これ見ると、自分でもウッとなります」と田中さんは言う。
    自分自身、このアルバムの山を見た瞬間にアドレナリンが上がるのだという。
    「子供の頃なら心臓とまってます」

    田中さんはどうも仮面ライダーカードは仮面ライダーアルバムに並べないとアドレナリンが上がらないのだそうだ。
    「よくある9枚綴りのファイルではダメ。いつでもこのアルバムに戻ります」

     

    古びたライダーアルバムに、丁寧に仮面ライダーカードを並べて、めくってみる。そうすると、たとえばジュースを飲むのを我慢して1枚のカードを買ったような、子供時代の暑い夏の日がよみがえってくるのだろう。

     

     

     

    **************

     

    「ああ、いま思い出しました」
    田中さんは不意に言った。

    「お客さんが集め終わったら、自分が集められると思ってた。みんな終わったら自分が・・・。だから早く終わってくれと思ってました」

    お客さんに押し切られて自分のコレクションを売らざるを得なかったという話をしたときも、田中さんはこう言っていた。
    「どんだけ入れたら満足するんや。さっさとやめたかった。やめさしてと思っていた」

    その田中さんに、そばにいた常連さんが口を挟んだ。
    「いや、その先が見つかっちゃったから、終わらない」

    1万枚はラフです、と言ったお客さんだった。

    「一生終わらないですよ。終わりたくない」

    すでに産地と色違いというフィールドが広がっていた。
    よそならただのカスカード。でも全く同じ色がない何百枚何千枚の世界で、まだ見たことのない色を求めている。

    終わらせたくない。

    終わりたくない。

    ずっとカードをさわっていたい。

    ここまで聞いていてわたしは思わず涙が出てしまった。

    みんな、終わらせないようにしているのだ。

    永遠に暮れない夏の日を生きている。

    何よりも田中さんその人がそれを生きようとしている、とわたしは思った。

     

     

     

    ***************

     

    いま、紙と印刷は岐路に来ている。

    コンピュータの普及で、紙の雑誌や書籍は電子書籍に押されて低迷し、印刷そのものも、紙にインクを乗せるタイプから次々にデジタル印刷へ切り替わった。おそらくこの分野ほど、日進月歩の勢いで刷新されてしまったものも少ないだろう。

    おそろしいスピードで進む印刷業界で、はるか後方に取り残された旧印刷の紙モノたちは、まさに滅びゆく前代の遺物ともいえる。

    だが、時を重ね、成熟してきたからこそ、遊びはいよいよ面白い。

    時代を席巻したカルビーのカード。そこから立ち上がる情報性に踏み込み続けて、現在、この店は、1970年代印刷・流通の現場を見通す、まぎれもなく最もエッジの効いた立ち位置にある。
    この時代に店舗という場を維持してゆく絶え間ない闘いがそれを支えている。

    新しい発見は溢れている。ちびっこたちはますます胸とどろかせ、探検の旅に出かけてゆく。
    好きという気持ちに導かれ、その無数の探検に随伴してゆくキンキーズの深い情熱と、時代にあらがう誇りとが、寝屋川を比類のない聖地としている。

     

    < 2017年3月 >

     

    キンキーズ

    大阪府寝屋川市八坂町25‐5   072-838-8620

    https://www.kinkys.jp/

    https://ja-jp.facebook.com/the.kinkys.jpn/

    https://www.kinkys-ec.com/shop/basket.html