池田誠(ももクロ生写真)

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    池田誠 / ももクロ生写真

     

    池田さんはアイドルグループ・ももいろクローバーZのあーりん(佐々木彩夏)のファンである。あーりんのイメージカラー、ピンクを着ると気合いが入ると言って、ふだんからピンクの服を着始めた。

    ある年の正月、妻の実家への挨拶に、気合いを入れてピンクを着ていった。これが正常な判断でなかった。そもそも感覚が麻痺していたのである。ピンクでかためた婿を見て舅は戦慄した。娘を呼んで、お父さんはこういう格好をした誠くんと一緒に外に出られないと言った。娘はため息をついてピンクの夫を着替えさせた。実は娘も麻痺していたのである。

     

     

    早く俺のももクロの話を出せと池田さんがやいのやいのうるさく言う。わたしとしては諸方面の反応が気になり、なかなか池田さんのももクロ生写真の回に踏み出せないでいた。
    いったんは押し切られたものの、さてどうしたものかと逡巡していたまさにその時、ももクロメンバー・有安杏果がグループを辞めるというニュースが飛び込んできた。「普通の女の子になりたい」といって事務所も辞め、芸能界から去るのだという。
    実力派で才能に溢れた彼女がいなくなるとは想像すらしていなかった。池田さんに連れられてゆくももクロライブで、わたしはずっと杏果を推していた。杏果脱退の喪失感は大きく、また、残されたメンバーが懸命に前を向こうとしている姿も万感胸にせまるものがある。

    はからずしてこの回は、ももクロの歩みを振り返り、彼女たちにエールを送る回となった。

    ここは体を張るべきであろう。

    完全な阿呆とは言いたくないが阿呆でないとは口が裂けても言えない、池田さん渾身のあーりんコレクション話をお届けする。

     

    2018年2月

     

     

     

     

    ももクロは2008年結成された女性アイドルグループである。
    2010年メジャーデビュー。
    当初は「ももいろクローバー」という名前だったが、メンバー・早見あかりの脱退を機に「ももいろクローバーZ」と改名した。
    以後、紅白歌合戦出場や国立競技場のライブ、5大ドームツアーなどを経て、国民的アイドルグループの地位を築いてきた。ファンは老若男女にわたり、カップル同士でライブに来る者も多い。そこが通常のアイドルグループと違うももクロの特徴である。
    現時点(2018年2月現在)メンバーは、百田夏菜子(イメージカラーは赤)、玉井詩織(黄)、佐々木彩夏(ピンク)、高城れに(紫)。先月21日をもって有安杏果(緑)が脱退した。

    池田さんがももクロにハマったのは2011年あたりだった。ファンとしてそんなに古参ではないのである。
    中野ブロードウェイに当時3軒あったアイドルショップ・TORIOには、女性アイドルグループの生写真コーナーがあった。
    池田さんは言う。
    「あるときなんとなくそのコーナーを見たら、その中に、とりすましたポーズじゃなくて、汗を流しながら笑顔で歌ったり踊ったりしている女の子のグループの写真があったんです。で、ブロードウェイに行くたびそれを見にいくようになった。見ていると元気が出る感じがして」

    池田さんはそこで初めてももクロを知った。
    それぞれのイメージカラーを身につけているとはいえ、1枚ごとに表情がコロコロ変わる彼女たちは、時には顔を見分けることも難しかった。
    池田さんは1年半のあいだ店に通ってひたすら写真を眺めた。やがて彼女たちがどんな表情をとっても見分けがつくようになり、その中でピンクの佐々木彩夏(あーりん)のファンになった。そして少しずつその写真を買いはじめた。

     

    「ショーケースに直筆サイン入りが出ていてね、当時は1000円くらいから売ってたの」
    池田さんはいたく感銘を受けた様子で言う。
    「安い!と思ったねえ」
    「それはまあそうでしょう」わたしは憮然として言った。「しかしやっぱり紙モノから入るんですねえ」

    池田さんは『冒険王』など古い雑誌のコレクターである。かつては仮面ライダーカードにも凝ったことがあり、そもそも通し番号のついた紙モノに弱いのだ。アイドルにも、歌や映像でなく写真から入ったというのが、妙にぶれがなく腰が据わっている。しかもあいにくというか、雑誌やカードの蒐集が一段落した気分のときだった。今までの経験と熱意がそちらに集中したふしがある。
    「いやあ、しょっぱなから実におそろしい」わたしは素直な感想を述べた。

     

    さて生写真にはまった池田さんは、そこからDVDも買いあさり、ライブにも行き始めた。
    たいした古参でなく間違いもあるかもしれないが、以下に池田さんが知る範囲の情報を記し、不格好ながらももクロへの心ばかりのエールとしたい。

    **

    さて、池田さんのレクチャーに従って、ももクロ生写真の歴史を振り返る。

    2008年~2010年 ももいろクローバー時代

    サイン会、握手会、朝食会などのイベントが積極的におこなわれていた。またメンバーの加入・脱退が頻繁だった。
    この時期の写真は、基本的にナンバーの入らない「無印」だが、特別な「sidestoryシリーズ」、「家紋シリーズ」、雑誌の抽選プレゼントやふろく、またイベントで配られたサインやコメント入りブロマイドなどもある。

    2011年~ ももいろクローバーZ時代

    早見あかりが脱退し、グループは「ももいろクローバーZ」と改名した。握手会などの接触系イベントはおこなわれなくなった。
    生写真は、ライブの際の物販や通販などで売られる。1セット5枚入りで1000円。直筆サイン、時にはサインにコメントもついたものが入っているが、確率は非常に低下した。

     

     

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    「無印」

    無印は、番号もマークも入っていない生写真である。
    「ももいろクローバーZ」になってからの公式生写真には基本的に通し番号が入るので、それに対して「ももいろクローバー」時代のものを言う。
    ただしZ以前でも、sidestoryシリーズ、家紋シリーズには番号がつく。(後述)

    2007年10月(0期メンバー)ライブなどの活動はなく写真のみ。
    高城れに、和川未優、伊倉愛美、高井つき奈、弓川留奈

    2008年3月メンバー入れ替え。5月17日(グループ結成)
    高城れに、和川未優、伊倉愛美、百田夏菜子、玉井詩織、高井つき奈
    (弓川脱退、百田・玉井加入)

    2008年8月9日
    高城れに、和川未優、伊倉愛美、百田夏菜子、玉井詩織、藤白すみれ
    (高井脱退、藤白加入)

    2008年11月23日
    高城れに、和川未優、伊倉愛美、百田夏菜子、玉井詩織、藤白すみれ、柏幸奈、早見あかり、佐々木彩夏
    (柏、早見、佐々木加入)

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    <sidestoryシリーズ>

    sidestoryの文字とハート、日付とナンバーが入る。

    2008年12月29日
    高城れに、百田夏菜子、玉井詩織、柏幸奈、早見あかり、佐々木彩夏
    (和川、伊倉脱退)
    アルバム(直筆サイン入り)の購入特典に、このシリーズの生写真0番(全員のサイン入り)が付いていた。

     

    2009年3月9日
    高城れに、百田夏菜子、玉井詩織、早見あかり、佐々木彩夏
    (柏脱退、のち乃木坂46へ)


    池田さんは言う。
    「ぼくは古参でないから全容が把握できてないんですが、3桁は見たことがないから99番までじゃないのかなあ。
    総じてサイン率が高くて、サインなしは2013年頃までアイドルショップで見かけたけど、今はほとんど見ないですね」
    そうそう、と思いだしたように付け加える。
    「ちなみにsidestoryの直筆サイン入りは、こないだまんだらけウィンクでいっぱい見ましたよ。秋葉原TORIOにもあります。ネットオークションでも時々見かけます」
    日々ぬかりなく巡回しているらしい。
    「こういうのって、自分では売らないの?」とわたしは訊いた。
    「売らないですよ。交換ならともかく、ぼくの手元に来た写真は売りません」
    池田さんはきっぱり断言する。

     

     

     

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    2009年7月26日
    高城れに、百田夏菜子、玉井詩織、早見あかり、佐々木彩夏、有安杏果
    (有安加入)

    ももクロが伝説のヤマダ電機ツアーをおこなって、インディーズデビュー曲「ももいろパンチ」のCDを手売りしていた時期にあたる。

    <家紋入りシリーズ(ナンバー入り)>

    2010年頃
    見栄えのするショットが多いが、直筆サイン入りは確認されていない。ここに示したものにも直筆サイン入りはない。

     

     

    2011年4月10日
    高城れに、百田夏菜子、玉井詩織、佐々木彩夏、有安杏果
    (早見脱退)

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    <ナンバー入り>

    第1弾(1~50)2011年ボイン会

    第2弾(51~150)サマーダイブ2011極楽門からこんにちは(よみうりランド)

    Zで行くって決めたんだZ!!シリーズ(ナンバーなし 名古屋20種、札幌20種、大阪20種、福岡20種、東京20種 Megaweb20種、ジョイポリス20種 全140種)

    第3弾(151~200)女祭り2011(Shibuya 0 East)

    第4弾(201~250)男祭り2011(渋谷ステラホール)

    第5弾(251~300)魂のシュプレヒコールツアー(横浜BLITZ)

    第6弾(301~400)ももいろクリスマス2011(さいたまスーパーアリーナ)

    第7弾(401~450)試練の七番勝負episode2(東京キネマ倶楽部)

    第8弾(451~500)モーレツ☆大航海ツアー2012(新木場Studio Coast)

    第9弾(501~600)ももクロ春の一大事2012(横浜アリーナ)

    第10弾(601~650)ももクロの子供祭り2012

    第11弾(651~750)ももクロ夏のバカ騒ぎSummer Dive2012

    第12弾(751~775)女祭り2012(日本武道館)

    第13弾(776~800)男祭り2012(日本武道館)

    第14弾(801~900)ももいろクリスマス2012(さいたまスーパーアリーナ)

     

    第15弾(901~950)JapanTour2013 5th DIMENTION(大阪城ホール・日本ガイシホール。北海道きたえーる)

    第16弾(951~1050)ももクロ春の一大事2013(西武ドーム)

    第17弾(1051~1150)ももクロ夏のバカ騒ぎ(日産スタジアム)

    第18弾(1151~1200)JapanTour2013 GOUNN

    第19弾(1201~1300)White Hot Blizzard MOMOIRO CHISTMAS2013(西武ドーム)

    俺の藤井2014(ナンバーなし 全51種)1/4 (前橋グリーンドーム)

    第20弾(1301~1400)ももクロ春の一大事 国立競技場大会

    第21弾(1401~1500)ももクロ夏のバカ騒ぎ2014

    第22弾(1501~1550)女祭り2014

    第23弾(1551~1650)ももいろクリスマス2014

    ふじいとヨメの七日間戦争(ナンバーなし 53種。事前発表では48種)

    第24弾(1651~1750)桃神祭2015

    第25弾(1751~1800)ももクロ男祭り2015in大宰府
    ももいろクリスマス2015

    第26弾(1801~1900)DomeTrek2016(5大ドームツアー)

    ももたまい婚2016(ナンバーなし 20種)
    AYAKANATION2016(ナンバーなし 30種)

    第27弾(1901~2000)ももいろクリスマス2016

    第28弾(2001~2100)ももクロ春の一大事2017in富士見市

    第29弾(2101~2200)ももクロ夏のバカ騒ぎ2017

    第30弾(2201~2300)ももいろクリスマス2017

     

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    さて、ももクロは、2012年あたりからライブ会場が急激に大きくなり、動員数が増えて、サイン率は低下した。2012年後半、マネージャーが「生写真25セットに直筆サイン1枚の割合」とTwitterで呟いたらしい。
    池田さんの感覚だと、2013年夏は20~30セットに直筆サインが1枚の割合。冬以降は50セットに1枚くらいで今に至るという。

    「通常は10セット買った場合、5分の1の確率でサインが1枚入ってるんですが、実は計算上、10セットを5回買っても3~4人にひとりは1枚もサインが出ないのです。5の5乗分の4の5乗なので3125分の1024が外れの可能性。なお、10セットを10回買っても、9人に1人は1枚も出ません。これは5の10乗分の4の10乗だから」
    算数小僧の池田さんは計算する。

    ここで今までの戦績を訊くと、ラッキーだったのは3セット買っただけでサインが1枚入っていた経験が1回、10セットで1枚というのが3回あり、逆に50セット買って0枚が2回、100セットで0枚のときもあったという。
    「100セットォ!?」
    わたしは思わずこぶしをかためて、池田さんを殴った。
    「甘んじて受けます。どうぞ」
    おとなしく頭を下げるので、これ幸いともう一発殴る。

    池田さんは小さい声でもそもそ言った。
    「売る人から束をまとめて渡してもらえるなら、だいたい平均値でサインが出るのです。それがちょっとずつバラバラに持ってこられると、1枚も入ってない確率が上がるのです。通販で買えばほぼ確率どおりなんだけど、やっぱりその場の物販で買いたいし」
    「どうして?」
    「そりゃ高揚感が違いますから!」池田さんは目を輝かせた。
    「直筆サインですよ?本人が書いたんですよ?それを手にして、そのあとすぐライブですよ?めちゃくちゃ盛り上がるってもんでしょう」
    池田さんはついうっかり、早くも元気づいてしまう。

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    俺の藤井シリーズ

    「俺の藤井」は、スターダストプロモーション所属の女性アイドルグループが年始に勢ぞろいするイベントである。ももクロはこれに2016年まで参加している(2018年現在)

    2014年と2015年にはこのイベントのみの公式生写真が販売された。
    2014年は、いろいろなチームのメンバーがまざったスナップ写真。
    2015年は「藤井と嫁の7日間戦争」という7日間のイベントで、6日目にグループの枠を横断したユニットやソロでベストテンを決める「俺のベストテン」がおこなわれ、特別な生写真が販売された。
    それぞれ単体の写真が、ももクロ5人各2種、私立恵比寿中学8人各2種、チームしゃちほこ6人各2種、たこ焼きレインボー5人各3種、計53種類を5枚1セットで販売。直筆サインはおおむね5セットに1枚で、サイン率は高いがお目当てが出るとは限らない。

    「ももクロを出すのは超大変。一番前に並んでもループは最大5回くらいしかできなかったと思います」
    「ループって何?」とわたしは訊いた。
    「並び直しです。1人5セットまでしか買えないから、また列の後ろに並んでもう一度買うのです。ちなみにぼくはその日3回ループしてサインを4枚出したけど、どれもももクロじゃなかった。最後の頃はひとり3セットまでしか買えなかったし」
    池田さんは慨嘆した。
    「ああ、あの日きみを連れてゆけばよかった。ふたりで並んだらももクロを引けたかもしれないのに」
    なんたることかひどい発想を口走り、「でもいいの」と池田さんはアルバムをひらいた。
    「これは交換で手に入れて、これは〇〇さんに譲ってもらって。ほら、いっぱいあるんですよ。こっちにも」
    アルバムには七日間戦争の文字が入ったももクロのサイン入り生写真がずらりと入っていた。
    「見る?」と池田さんはにこにこしながら言った。
    「いや、きょうはいいです」
    「見ろよォ」
    ほえる池田さんを残し、わたしはとっととその場を去る。

     

    *****

    ソロコンサート

    2015年に高城れに、そして2016年から本格的に、ももクロ各メンバーのソロコンサートが始まった。
    あーりんはAYAKANATIONと称して2016年横浜アリーナ、2017年両国国技館でソロコンサートを開催し、両日とも公式生写真(サイン入りもあり)を販売した。
    (2016年百田と玉井の「ももたまい婚」ライブでも写真販売があったという)

    池田さんは言う。
    「ほかに、雑誌ふろく、抽選プレゼント、イベント配布の写真があります。B.L.Tは直筆サイン入りは2012年まで。2011年9月頃から直筆サイン入りの裏面に認証シールが貼られるようになります」

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    公式生写真の裏面には、文字が入っている。
    当初はこの文字が1列に並んでいれば直筆サイン入り、2列であればノーマル(サイン無し)だと言われていた。

    初版ではサインを入れる写真は1列のものにするよう区別していたらしいが、再版以降、1列でサイン無し、2列だけど本物の直筆サインが出てくるようになった。このサインなしの1列を使って、ニセモノを作る輩もいるらしい。
    最近はすべて2列であるため、裏面では本物とニセモノの区別はつけにくい。


    おもて

    その裏面(サインなしで1列の例)

    ***********

    何のサインにも付き物だが、ももクロの偽サインをつくって売る輩がいる。
    偽物は、2013年~2014年に横行のピークを迎えたと池田さんは言う。
    「昔はわかんないから手当たり次第にヤフオクで買ってたのです。ネットの画像だとやっぱり見分けにくいし」
    ずいぶん授業料を払ったらしい。
    「今じゃかなりわかるけどね。ニセモノも4つか5つの字体は把握してて、字を見ると、このグループあのグループってわかります」
    「ははあ」
    ここに至るまで、いったいどれほどの阿呆な憂き目を見たのやら。
    ある時は送られてきた封筒を見た瞬間、ニセとわかったのだという。
    「なんとまあ、サインと封筒のおもて書きの字が一緒」
    「そんなモノをつかまされたのかえ」
    「つかまされたのではありません。勉強のため自ら危険を冒してつかみに行ったのです」
    池田さんは全力で否定するが、声が若干弱々しい。

     

    偽サインについて数々の辛酸をなめてきた池田さんは、「あーりんのサインがまた不安定で」とぼやいた。
    池田さんいわく、かなこやしおりんのサインはニセを出さぬ工夫も感じられるが、あーりんのものは振り幅甚大なのだという。

    「ぼくは、あーりんのサインなら各時期のあらゆる字体を把握してるつもりですが、それでも自分で実際に当てたのでなかったら、ニセじゃねえかと言いたくなるようなものがあります」

    池田さんによると、あーりんサインは「急いだバージョン」「丁寧バージョン」「普通バージョン」がはっきりあり、特に単独ライブのAYAKANATIONのサインは、ひとりでいっぱい書くため、急いでる感がおびただしいのだそうだ。
    「そういうとき丁寧な書き方のが出てくるとかえって不安なの」
    池田さんは心細い目をして「あとは形が変すぎるやつ。ほりゃ、これ」と1枚取り出した。
    「これなんか、自引きでなかったらニセかと思っちゃう」
    「へええ、全然わかりません」

    *************

    サインの形が変、というのは、書かれた時期の書体と照らし合わせてズレがあるということだ。
    池田さんは、各時期のあーりんサインの変遷を描き分けられるという。
    「他のメンバーは基本的にサインの形をほとんど変えないのです。しおりんが縦バージョンに一時期変えたくらい。で、年とともに流れるような手慣れたサインになってゆくんですが、あーりんはサイン自体が時期によってちょこちょこ違うのです」

    うさぎの形や耳の形がほそくなったり、太ったり。
    ニセモノ作成のヒントになりかねないので、あまり詳細な情報は控えるべきだろう。池田さんが熱弁をふるうかたわら、わたしはぱらぱらアルバムを見ていた。
    「あ、この写真のあーりん、顔が妙にほそいぞ。ニセじゃないかい」
    「きみ、何を言っているのかさっぱり意味がわかりません!」

     

     

    ***************

    その池田さんが大事にしている直筆サイン入り写真があるという。

    2010年、HMVにももクロメンバーが来店し、その場で配布された生写真である。
    7月1日、佐々木彩夏来店。7月4日、高城れに来店。以下メンバーが次々来店し、ひとり50枚を配布した。写真はこのイベント向けのもので、すべてに直筆サインと1~50までの手書きの番号及びコメントが入っている。

    「ぼくは現場に行ってないので、直接本人が配ったかどうかはわからないんですが」
    そう言いながら池田さんは2枚の写真を取り出した。

    「そのときのあーりんの1番と50番がこれです」

    この年の5月5日、ももクロは「行くぜ!怪盗少女」でメジャーデビューした。そしてそれまであった接触系イベントはこの頃からおこなわれなくなってゆく。

    池田さんは言う。

    「HMVのこの写真は、イベントで直筆サイン入り生写真を配る最後の時期のものにあたります。接触系イベント最後の時期、それはかれらが国民的アイドルとしての階段を登り始める時期でもある。その終わりと始まりの時期にいるこれらの写真を見ていると、ももクロの歩みがいろいろな層の重なりとなって浮かび上がってくる、それが感慨深いのです」

     

    ****************

    杏果の脱退発表後、池田さんはくよくよしていた。
    まず脱退でショックを受け、杏果最後のライブの抽選に外れてショックを受け、ライブビューイングのチケットは確保してわずかに心を慰めた。

    2018年1月21日、5人最後のライブの模様を、池田さんとわたしは隣のライブビューイング会場で見た。

    ライブ終了後、池田さんは言った。
    「いいんです。4人で。ももクロのクローバーは四つ葉なんだし」
    バレンタインイベントも二日間当たっている。10周年の東京ドームも行く。あの子たちならやってくれる。
    池田さんは涙をぬぐい、今日だけはと着ていた緑のユニホームを脱いだ。黒いトレーナー姿になったが、実はその下にピンクのTシャツを着ているのだ。

    *

    最後に、この池田さんの生写真買いの近くにいるわたし自身について、少し記しておかなくてはならないだろう。

    わたしは2011年3月11日の震災後、どうしたものか精神的にテレビを見ることができなくなった。鬱々とした日を過ごし、久しぶりにテレビを見たのが2012年大晦日の紅白歌合戦で、そのとき初めてわたしはももクロを知った。そして、こういう子たちがいるのならまだ未来はあるのだと思った。
    みんなを笑顔にする、その使命感や覚悟でももクロというグループは抜きん出ている。その決意をアイドルとしてなま身で背負いつづけることの重さを思う。
    5人の体制は不変だと思っていたけれどそれは間違いだった。そもそも一回一回のステージが常に一度限りのものだった。さまざまな変転はあるだろう。だが照らされた記憶ははっきり残っている。その記憶をこの先も重ねてゆけるのを幸運だと思う。
    わたしは、この時代にかれらとめぐり会えて幸運だった。出会ったら見間違えるはずもない。本物は、まぎれもなくそれだとわかる。まるで灰の中のダイヤモンドのように。

    < 2018年3月>

     

     

    砂にまかれても

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