堤哲哉 / 仮面ライダーカード ⑨

堤さんは言う。
「ぼくは子供のとき、ライダーカード1~546を通すのにあと2枚というところまで漕ぎつけていたんですよ。ただ508と545を持ってなかった」

「専門学校に通っていたとき、やっぱり仮面ライダーカード好きの奴がいて、かれがアルバムに545を持っていた。そのとき545を初めて見た。親切に彼が譲ってくれたので、残りあと1枚となって、下北沢のヒーローズに行った。500番台が3枚だけ出ていて、その中に508があったんです。36枚まとめて1万5000円払えと言われたのはそのときのこと。それで1~546までが通った」

「子供時代一緒にライダーカード集めをやってた早島くんに、売ってるところがあるよ、と教えてあげて、早島くんもまた集め始めた。それで一緒に下北沢のショップに行くようになり、ぼくは明朝、ゴシック、N版の三つをやり始めた」

「14局、25局にいつ気が付いたかですか。それは子供時代にもう意識していました。説明がカードのおもて下部に2列で書いてある、それで二列文字と呼んでいました」

14局と25局 (二列文字)、明朝、ゴシック

「明朝とゴシックという字体の違いにもその頃気づいていた。仮面ライダーアルバムは3枚並べる形になってるじゃないですか。だから同じ番号で、二列文字、明朝、ゴシックの3枚並べとか、小学生時代からやってました」

「そういう分類自体は小学生のときに、漠然ともう出来ていた。だから大人になってやり始めたら、あとはもう集めるだけですから」
「ぼくは専門学校の後、印刷会社に勤めて、版の違いとか写植とかに敏感だった。そういう強みもあったかもしれない」

「そうしている内に、「レッツGO!ライダーカード」を作ったメンバーのひとり、田口くんという人と知り合って、文章でこんな違いがあると見せてもらった。139番とか、そのへんを見せてもらい、文章違いの面白さに目覚めた。そうやって、段階を踏んで、徐々に深みにはまっていった」

1992年、堤さんは初めての同人誌を出す。
「スナック仮面ライダーカードスーパーカタログ」という本だ。