池田誠 / 冒険王 ⑩

1971年、第二次特撮ブームが始まった。
翌1972年、それは最高の高まりを見せる。

 

池田さんは語る。
「1971年は「帰ってきたウルトラマン」「仮面ライダー」「スペクトルマン」(「宇宙猿人ゴリ」「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」と3段階で改題)だったのが、1972年には急激に増え、また子供向けヒーローアニメも数々放映されるようになりました」

 

1971年初頭、「冒険王」は、「スペクトルマン」をメインにし、第1次のときはいまいち乗り切れなかった特撮ものを主軸に据えた。また同年11月号に「仮面ライダー」のグラビアを載せた。それは第二次特撮ブームに完全に狙いを定めた一大転換の始まりだった。

 

池田さんいわく、「冒険王」は今度こそこの特撮ブームに、本気の、死に物狂いの照準を合わせた。
それまでオリジナル漫画を看板としていた彼らは、特撮やアニメのマンガ化作品を次々に掲載してゆく。扱う作品は段階的に増え、1972年には、講談社が握っていた「仮面ライダー」「変身忍者嵐」「超人バロム1」「デビルマン」などや、小学館の「快傑ライオン丸」「サンダーマスク」が、網羅的に「冒険王」で読めるようになった。

 

さて別冊については、彼らは、月刊「冒険王」本誌とは別に、別冊「冒険王」のほうへ、特撮やアニメのグラビアや特集図解を一気になだれこませた。
「冒険王」本誌は従来どおりオリジナル漫画も掲載し続けたが、別冊は、72年夏季号から、それまでほとんどの紙数を割いていたオリジナル作品を一掃し、テレビの特撮やアニメのマンガ化作品に絞り込んだ。
グラビアや図解の比重を増やす分、本誌に比べて1話の紙数を大幅に減らす。
別冊冒険王を徹底して特撮とアニメの牙城にすること、それは、カラーグラビアや図解を極端に盛り込むことと、当代人気作のマンガ化作品を横断的・網羅的に掲載することで、実現された。

 

この圧倒的なスタイルができあがったのが1972年のこの別冊秋季号であり、同時にこの号はその最も充実したレベルを達成しているのだ、と池田さんは言う。