池田誠 / 冒険王 ⑨

1960年代末、テレビの第1次特撮ブームは終息した。

ほぼ同時期の1968年、月刊誌「少年」休刊。1969年、月刊誌「少年ブック」休刊。
代わって68年、週刊誌「少年ジャンプ」創刊。69年、週刊誌「少年チャンピオン」創刊。その69年、月刊誌「ぼくら」は週刊誌「ぼくらマガジン」となり、月刊だった「少年画報」も隔週刊化された。

 

「要するに少年月刊雑誌は、相次いで休刊し、どれもが週刊の波に飲み込まれてしまったのです」
池田さんは慨嘆した。

「秋田書店の月刊誌「冒険王」「まんが王」だけは、かろうじて持ちこたえていたのですが、1971年6月号をもって「まんが王」は休刊し、「冒険王」に統合されました。週刊化・隔週刊化で生き残りを図った「ぼくらマガジン」「少年画報」も、ほぼ同時期にけっきょく休刊します。戦後のちびっこたちを支えてきた少年月刊雑誌は、ついに「冒険王」一誌になってしまいました」

 

だが「冒険王」本誌は、1971年半ばからそのあと13年間も生きのびる。(最後の1年ちょっとは「テレビアニメマガジン」と改名)

池田さんは言う。
そこには1971年に始まる第二次特撮ブームの中での彼らの必死の模索があり、その中央に、この別冊72年秋季号は立っているのだ、と。