池田誠 / 冒険王⑧

そもそも「冒険王」は、「イガグリくん」「ゼロ戦レッド」というような、オリジナル漫画に定評ある少年雑誌だったのだそうだ。

おそらくそれゆえにこそ、かつて彼らは一度、時代の波に乗り遅れた。

 

池田さんは語る。
「1960年代後半、テレビにおける第一次特撮ブームが訪れるんです。そのころ他の少年月刊誌はどうだったか。

たとえば「ぼくら」は、「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」と立て続けに載せて、その写真を表紙にもグラビアにも出す、特集ページも組む、別冊ふろくはもちろんその他のふろくも、それにちなんだものを揃えて、大々的にアピールしました。
次に「少年画報」はというと、これは逆に連載中だった「マグマ大使」がテレビ放映され、それをメインに展開していきました。要は2誌とも、テレビの特撮と連携して発展していたんです」

 

では「冒険王」は?

 

「その時期の「冒険王」特撮ものといえば「魔神バンダー」と「豹マン」でした。
「魔神バンダー」なんて、表紙は飾るわグラビア紹介はされるわ、特集の増刊号まで出されて、渾身の売り出しようだったのですが、これがなかなかテレビ放映に至らない。なんと連載開始3年3ヶ月にして、やっと放映開始に漕ぎつけた。しかも放映期間はたったの3ヶ月」
「「豹マン」に至っては、グラビア紹介もされながら、ついにテレビ放映されませんでした。ウルトラシリーズを擁する「ぼくら」だの、「マグマ大使」をもつ「少年画報」だのと比べると、「冒険王」はなんとしても弱かった」

 

結局、かれらはテレビの第一次特撮ブームにうまく乗ることができなかった。

 

だがそのブームも終わるときが来る。
そしてそれと同時に、週刊化の波がやってきた。