今入重一/ 横山光輝作品 ⑧

記憶に残る大きな買物をしたのは、確か19歳か20歳の頃、名古屋で漫博のような集まりがあり、親戚の子たちと遊びに行ったときのことだ。今入さんはそこで横山の「夜光島魔人」を8000円で買った。
高度成長の右肩上がり時代だったとはいえ、大卒の初任給が3万程度の頃だった。親戚の子たちが、ええっといって驚いた。


その頃、世間は安田講堂やあさま山荘で揺れていた。安保闘争、学園紛争の高まりの中、当時の人気マンガは権力への反逆や高度経済成長に取り残された人々を描き、学生たちは「マガジン」をかかえてバリケードの中で読んだという。
同じ忍者マンガでも、白土三平の「忍者武芸帳」「カムイ伝」は反体制の学生たちの旗印となって「全学連のバイブル」と称された。
横山光輝のマンガには、そのような反体制的な思想、怨念や情念のようなものは見られない。影丸たちは徳川幕府に仕え、体制維持のため死力を尽くす。そしてしばしば「幕府のイヌ!」と罵られる。影丸は個としての悩みをもたない。アイデンティティの疑いは描かれない。横山光輝の世界はそれとは異なるところに広がっていた。

たとえば1970年、よど号のメンバーが「われわれはあしたのジョーである」といって飛び立った年、今入さんは17歳で、上尾のおじさんの家に置いてあったサンデーを捨てられ、どうしようかと考えていた。
それはあの時代の歴史の表舞台と違う、まったく別の出発だった。

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