今入重一 / 横山光輝作品 ④

横山光輝は後年こう語っている。

「昔は、忍者といえば巻物を口にくわえ、ドロドロと姿を消したり、大蛇を出したり、ガマになったりしたものでした。しかし、それではなんとなくおもしろくなかったので、煙は火薬玉を投げつける、速く動く、武器は新しいものを考える、そしてスピード感を出す・・・そういう新しい一つの忍者の形を造りました。この作品(「魔剣烈剣」)がもとになり、その後「伊賀の影丸」という作品につながっていくわけです」(「魔剣烈剣のころ」)

大正時代、忍者ブームをつくった立川文庫の講談調は、「ドロドロと姿を消したり」のタイプだった。
1958年「甲賀忍法帖」に始まる忍法帖シリーズを発表した山田風太郎は、特殊能力としての「忍法」の対戦を書き、1950年代末~60年代半ばの忍者ブームの大きな原動力となった。
山田忍法帖はいまの少年マンガが用いる「能力バトル」というジャンルの原点とも言われるが、「火薬玉を投げつける、速く動く、武器は新しいものを考える、そしてスピード感を出す」といった新しい描き方と併せて、いち早くこれを少年マンガの筆法に落とし込んだのは横山光輝だった。
ひたすらワクワクする対戦忍者もの・・・・人気は回を追って加速度的に上がり、「伊賀の影丸」は初期サンデーの大看板のひとつとなった。

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