今入重一 / 横山光輝作品 ②

今入さんは、1953年(昭和28年)京都に生まれた。

終戦後お父さんとお母さんは中国残留の生活でやっと帰国できたのがもう余程経った頃だったが、今入さんが生まれて1年くらいでお母さんはお父さんと離れ、今入さんを連れて長崎・佐世保に移り住んだ。佐世保の崎戸島という炭鉱の島で、お母さんは住み込みで働き、今入さんは、おじいちゃんおばあちゃん、お母さんの弟のおじさんと四人で暮らした。小2の夏炭鉱が閉山し、一家はお母さんのお姉さんの嫁ぎ先である埼玉に引っ越した。そうして今入さんは桶川のおばさんの家に預けられた。

おばさんの家には、今入さんと同い年の男の子、2歳上の男の子がいて三人で兄弟のように過ごした。
「一日10円のおこづかいを貰って、駄菓子屋さんで5円のお菓子を二つ買う、そういうのがくるくるまわってる。マンガの意識はほとんどなかった。せいぜい床屋さんの待ち時間で見るくらいだった」

だが小学校5年生のときおばさんの家から出て、今度は上尾にいるおじさんに預けられることとなった。

「まあそれは前から決まってたのかもしれない」と今入さんは言う。仲の良かった男の子たちと別れ、今入さんは急にひとりっ子みたいになってしまった。

だが他の変化もあった。

「おこづかいが1ヶ月500円になったんです。月の十何日に渡されて、その500円で1ヶ月、自分でやる。今まで1日10円でやっていたのが、月に200円増えた。この200円で何をしようか。マンガを読もうかな、と思った」

別にこれといったものがあったわけではない。時代劇が好きだったからそういうものがありそうな雑誌がいいと思った。その雑誌、週刊少年サンデーは当時50円。1ヶ月4週で200円だった。
ちょうど12月、本屋の店頭には新年号が積まれる時期だった。横山光輝「伊賀の影丸」第6部「地獄谷金山の巻」は、週刊少年サンデー1965年1月1日号から始まった。

 

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