Mr.H/蒐集家⑨

お前は面白いよな。あっちやりこっちやり。しかも高いものしか買わねえじゃん。 Hさんのことを人はそう言う。 Hさんは、やるならそのジャンルの中で最高のモノが欲しい。だからいつもそこでの最高峰を狙った。 「でもやってるとわかる。ホントにすごいモノはなかなか出てこない。それに高い」 コレクションは或る程度まで行くと、じっと待たねばならない時期に入る。根っから行動派のHさんは待つということが苦手だった。そ […]

Mr.H/ 蒐集家①

話を聞かせてほしいと頼むとHさんは「このブログは名前を出すからなあ」とぶつぶつ言った。 「いや、匿名で十分です」とわたしは言った。 「今までも匿名のかたはいらっしゃるし」 そうやって了解をもらったが、エピソードを書いたら知り合いにはHさんのことだとわかってしまうだろう。何しろHさんの逸話は一度聞いたら忘れられないものばかりだし、しかもHさんの知り合いときたらおそろしく多いのだ。  Hさんの特徴をひ […]

Mr.H/ 蒐集家②

Hさんは1967年、堅実な両親のもとに長男として生まれた。マニアっ気は微塵もない家庭だったが、Hさんは駄菓子屋の世界に生来惹かれる癖があった。1972年、このちびっこが初めて人生上の大問題に突き当たる。 1972年はすさまじい年だった。 前年末、仮面ライダースナック発売。人生初の大問題はおまけのカードだった。全国のちびっこにとって駄菓子屋戦国時代の幕開けであったこの時期、Hさんは痛恨の5歳。世界は […]

Mr.H/ 蒐集家③

さて、未就学の頃から大問題をかかえたHさんは、おもちゃ屋3軒はしごして帰る小学生に成長していた。いざとなるとおばあちゃんを投入する。おばあちゃんは相変わらず孫には甘かったが、たびかさなる超合金の発売に辟易、「ロボコンが出たときは、ばあちゃんもさすがに怒った」と不肖の孫は回想する。1980年、Hさん中2の年、世間はガンプラブームに沸いた。Hさんもご多分に漏れずこのブームにハマった。ホビージャパン「H […]

Mr.H/ 蒐集家④

当時、1980年代後半、おもちゃ屋のメッカは下北沢だった。高田馬場のねずみ小僧が下北沢へ移転し、ヒーローズと改名する。スチャラカ商会(オムライス)、おもちゃ天国2丁目3番地、懐かし屋。Hさんは青山のビリケン商会へ行った後、下北沢に移動して古いプラモデルをあさっ た。記憶に残る初買物は、2丁目3番地でのV3号2,000円。Hさんが子供の頃からなじんでいたプラモはブルマァクとイマイだった。だが月刊「ホ […]

Mr.H/ 蒐集家⑤

古い電話帳をめくって情報を集め、店をまわる。地方のおもちゃ屋、文房具屋、問屋。専門学校に入ってバイクの免許をとると行動範囲はぐんと広がった。よさそうな店を見つけても、入り込んで倉庫まで見せてもらえるようになるには1~2ヶ月かかった。Hさんはお酒だの菓子折だの奥さんの化粧品だのを店に持参した。「最初から入り込もうだなんて、甘いんだよ」 我ながらあざといと思う手土産作戦は、実際嫌がられたこともあったと […]

Mr.H/ 蒐集家⑥

掘り出し物をいっぱい持ってくる青年がいる。そういって顔なじみの店主がHさんを他のコレクターに紹介するようになった。そこからまたモノを入手するルートが拡大した。ヒーローズにブリキのおもちゃを持って行き、それと交換でマルサンの電動怪獣ペギラを入手したのが90年代初頭のこと。そのときペギラは18万円だった。懐かし屋で電動ブースカ6万円。友達と旅行へ行って、海沿いをドライブする。Hさんは外を見ながら「店は […]

Mr.H/蒐集家⑦

90年代前半、Oさんはワンダーフェスティバルで或るプラモ屋さんと知り合った。これがOさんの問題多き人生に、さらに拍車をかけることとなった。     東十条の店を訪ねてゆくと、店先に古い雑誌がずらりと並んでいた。60年代からさかのぼって、戦前戦後の雑誌やふろく、月光仮面の表紙など、見ている内にOさんはわくわくしてきた。 「なんじゃこりゃあ。こんなの見たことねえぞ。こんな世界があるのか」   […]

Mr.H/蒐集家⑧

 Hさんは言う。 「みんなは子供の頃買っていたもの、欲しくて買えなかったものを買っている。でも俺は子供の頃買ってないものを買っている」  子供時代満たされなかった飢えから出発するコレクターは多い。当時買ってもらえなかったとか親にお宝を捨てられたとか、そんな経験から蒐集にのめりこんでゆく。    本当は仮面ライダーとマジンガーZを買えばよかったのだ。ライダー物と超合金がHさんのちびっこ時代 […]

星まこと / プロフィール

星まこと プロフィール 1964年福岡県生まれ。 マンガ・アニメ探究者。 幼少期より本やマンガ、アニメに親しむ。1977年『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開前後から起きた「アニメブーム」の洗礼を浴び、よりアニメに耽溺するようになる。その後、雑誌や書籍など出版物の編集を経て、会社勤めの傍ら各誌に寄稿。子どもの頃からのライフワークである、マンガやアニメの探求活動を継続中。 マンガ家やアニメ関係者との親交も広 […]

星まこと / アニメ探究 ①

「何が好き?って、アニメが好き。 作品? ありすぎて答えられないでしょう。 タツノコの劇画調も好きだし、東映のロボットものも好きだし、ギャグ調も大好きだし、スポーツアニメも好きだし、好みはわかんないですね。 東映の『白蛇伝』、ぼくはあの時代に生きてないかもしれないけど、パイニャン可愛いとか、あ、この表現すごいとか、『わんぱく王子の大蛇退治』、あの空中戦、大蛇がぐわああーっと、あれはでっかいスクリー […]

星まこと / アニメ探究 ②

「体格がいいから小学校の頃は剣道に通ってました。 でもなにせマンガ好きで、それでアニメ。 とにかくアニメが大好きだった。好きなキャラクターの絵が欲しかった。カッコいい絵が欲しかった。 でも昔はアニメの絵なんて身近になかった。アニメの絵が残るなんて思わなかったですよね。雑誌に掲載されていると絵が違ったりとか。 なんであんなに欲しかったのかなあ。すごく欲しかった。アニメの絵が。 印刷物としてアニメが無 […]

星まこと / アニメ探究 ③

「中2のときにアニメブームが来た。 1977年、『宇宙戦艦ヤマト』の映画が封切られたときです。ムックが出るわ雑誌は出るわ、小川宏のモーニングショーで声優さん特集をやったりとか、世間を巻き込む形でブームになった。アニメが子供のものから、お金を払って買うティーンエイジャーのものになった。 嬉しかったですよ。クラスのみんながアニメを見るようになった。ああ、よかった、これでおおっぴらにアニメの話ができる。 […]

星まこと / アニメ探究 ④

「もともと本は好きだった。小学生で名作全集を読み尽くして、あとは江戸川乱歩とかモーリス・ルブラン、コナン・ドイルとか。 思い出すのは、伝記ものが好きだったこと。野口英世、ファーブル、リンカーン、ワシントン、偉人の伝記が大好きだった。でもこんな人になりたいとかっていうんじゃなくて、こんな時代にこんな人生があったんだというのを知るのが楽しかった」 高校のときノンフィクションで出逢いがあった。 竹中労『 […]

星まこと / アニメ探究 ⑤

「大学入学で上京し、まんだらけに毎週のように通った。 まんだらけがまだ中野ブロードウェイの3階の一店舗だけだったときのこと。何度も通って古川さんに顔を覚えられて。 1999年、古川さんに呼び出されて、まんだらけのカタログに載せるアニメインタビューを頼まれた。ちょうど『ルパン三世』特集号で、誰がいいかなって訊かれて、みんなは宮崎さんとか大塚さんに行くでしょうけど、ぼくは新ルパンの北原健雄さんって言っ […]

星まこと / アニメ探究 ⑥

「あのインタビュー連載で特徴的なのは、けっこう背景画家のところへ行くってことだと思います。みんなアニメといったらキャラクターに行くけど、実は背景ってものすごく大事で、要するに画面を見たとき、もうその7割8割は背景なんですよ。その背景をどういう感じにするのか、ギャグ調にするのか、リアルにするのか、色調はどうするのか。 これ原画です、『ポールのミラクル大作戦』っていう作品の背景原画。『ナウシカ』とか『 […]

星まこと / アニメ探究 ⑦

「金山明博さんはね、絵がむちゃくちゃうまいんですよ。 たとえば『闘将ダイモス』やったとき、原画家が描いた絵を、『ボトムズ』の塩山さんが作監修正した。それを金山さんが総作画監督で見る。 もとの絵も十分うまいんです。それを塩山さんが直して表情が引き締まる、これを金山さんが目だけ直した。 ほんとに微妙な差なんです。でもね、それで若者の不安な目になる。目のここの差、これで一矢の感情が出るわけです。十代の若 […]

星まこと / アニメ探究 ⑧

「大工原章さんはあの当時あまり取り上げられてなかった。でもあの人がいたから今の東映動画があると思う。大きな争議などでどんどん人が抜けていったけど、大工原さんはずっと残っておられた。だからぼくはインタビューで、柱、柱、って言い続けたんです」 「これ、大工原さんの絵です。めちゃくちゃうまいですよね。古本屋で買った『探偵王』、表紙もぼろぼろになってたけど、目次をみると「黄金バット」の永松健夫とか「エイト […]

星まこと / アニメ探究 ⑨

「インタビューは断ると言う方も、けっこういらっしゃいますよ。 鳥海永行さんには手紙を書いたんです。便せんで五、六枚。鳥海さんの小説を、この作品はこうこうだ、と書いて、それで取材したいってお願いした。 実は『ガッチャマン』の最終話だけはシナリオがないと言われてるんですよ。鳥海さんが自分で絵コンテ描いて、それがアフレコ台本になったと言われてる。 リアルな世界をやらせたら一番だって思ったから、吉田さんは […]